「「「は?」」」
三人の声が綺麗にハモる。
それもそのはず──レイは研究室唯一のクローン実験の成功者。それに加え、ティナがオークションで100億で落札した。
自然と高まっていた期待を一気に裏切られたのだ。
「そ、それだけ……ってことはないよね?」
顔を真っ青にしたティナは、震える声で聞く。
すまない。まだここでは──
伝わらないことはわかっていながらも、心の中で謝ってから口を開く。
「それだけだ。役に立てることは多い、とは言えないがこれからよろしく頼む」
そう言って右手を差し出すと、ティナは魂の抜けた表情でその手を握る。
「ティナ、いいのか? その男は肉壁にしかならないぞ」
ため息混じりに吐き出されたその言葉からは、怒りよりも呆れが見える。
ティナは「ふぁい、大丈夫でふ」と動揺の隠せない声で返すが、目には光が宿っておらず少しも安心できない。
「ボスが認め、自分達で決めたことだ。もう何も口出しはしない。だが、今回の事はいい教訓にとなっただろう」
「今度人気なカフェに連れて行ってあげるからシャキっとするのよ」
気を使われ、先輩二人にフォローをされる。
そんな中見えたティナの表情が、レイにはニヒルに笑っているように思えた。
「とにかく今日は部屋に帰って休むといいわ。現地までは連れて行ってあげる」
ミヤビは優しく微笑み、ポケットから車の鍵を取り出して言った。
茶化したりはするが、何でもこなせそうなイメージがあるから大丈夫だろ、とレイは肩の力を抜いた。
この時、車の中で絶叫することになるなんて、誰も知らなかったのだった──
◇
「運転下手でごめんねー、あとは若い二人で何とかするのよ」
あはは、と笑いながら、空いた車窓の中で手を振るミヤビ。
対して二人は今自分が生きていることに感謝するのと同時に、一生彼女の運転する車には乗らないと決めたのだった。
連れてこられたのは、セキュリティのしっかりしたマンション。家賃のことを考えるだけで二人の肝が冷えた。
「私達を見た人が通報すると困るから、さっさと各々の部屋に向かおう」
ティナの言葉で、ようやく自分が布切れ一枚しか身につけてないことに気づく。
「そうだな」と呟いて、先程車を降りた際に受け取った部屋の鍵がポケットの中にあることを確認した。
「なんだよ隣の部屋かよ」
シン、と静まり返った廊下に、ガッカリした声が響く。
「美少女が隣の部屋でよかったじゃん。でも壁に耳を当てて私の生活音を聞くのはダメだからね」
「勝手に話を進めるな」
「でもこうでも言わないと、耳を当てたりするでしょ?」
キョトンとした表情で聞かれるが、レイは真顔のまま「断じてそんなことはしない」と言いきる。
面倒くささを感じ、適当な挨拶を言い捨てて部屋に籠った。
「おぉー」
扉と鍵を閉め、部屋を見渡すと思わず感動の声が出る。
高層の一角にある住まいは広く、沢山の扉があった。
研究室では部屋を与えられていたが、それと比べ物にならないくらいだった。玄関とリビングを繋ぐ廊下は、両手を広げても壁に手がつかなかった。
「お風呂!」
「トイレ!」
「物置!」
「からの〜〜〜〜俺の部屋!」
一つ一つ部屋の中を覗き、その度に愉快そうな声が口から溢れだす。
家具や家電、そして衣服などは組織からのプレゼントらしく、綺麗に片付けられていた。
ティナが俺と100億稼ぐって言ってからまだ一時間も経ってないと言うのに、なんという仕事の速さ。
ありがとう、組織の顔も見た事がない人。
心の中で感謝の意を伝えると、服を着替えてからキッチンに向かった。
研究室にいた頃、自由時間に好んで料理をしていたので、サクサクと作業が進む。
あいにく大体のレシピは記憶から消えていたが、これから覚え直せばいい、とレイは前向きな様子だ。
「作りすぎたかな」
記憶がないからわからないが、料理をするのが久しぶりな気がして気づいたら小一時間も経っていた。
それほど楽しかったのだろう。
煮込みハンバーグとオニオンスープ。ちょうど米の炊きあがる音が鳴る。
肉の旨みとソースの香りが組み合わさった匂いが全面的に出ており、微かにスープから炒めた玉ねぎの香りが漂っている。
我ながら天才、と大満足な様子でレイは食卓につく。そして合掌をした時──インターフォンの音が部屋中に響いた。
室内に取り付けられたモニターを確認すると、そこには目の端に涙を浮かべた相棒──ティナがいた。
「どうかしたか?」
『私を助けて』
鼻をすすり、震える声で言われてレイは慌てて玄関で鍵を開けた。
するとすぐに扉が開かれる。その奥にいたティナを見て、ハッと目を見開く。
服は着替えられており、白いTシャツにグレーのショートスウェットパンツ。いかにも女子高生の部屋着という感じだった。
その姿に、一瞬どきりと──いや、目が行ったのは指だった
なんかさっきよりも傷増えてないか?
血は洗い流されているが、切り傷のようなものがそこにはあった。
「私料理できないの……でも頑張って包丁を使ったら切っちゃった」
相棒が強いのは、どうやら戦闘中だけのようだった。