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第9話 代償の再来

──現在。


「おいし〜〜いっ!!!」


 男子の部屋に、美少女の黄色い歓声が反響する。

 本来なら、部屋に一歩たりとも踏み込ませる気はなかった。

 それなのになぜ同じ食卓を囲う羽目になったのか、遡ること数分前──


「やだやだやだやだやだやだ! 夜ご飯を食べないとお腹が空いて死んでしまうよーーっ!」


 小学生くらいの外見になったティナが共用廊下で叫び出す。


 やばい。このままじゃ通報される──


 レイは考えうる最悪を想定して、慌ててティナを部屋に引き込んだ。


 せっかく手に入れた夢のマイルームだ。簡単に手放してたまるか。

 幼児化した相棒の恐ろしさは理解した──もう二度と幼児化なんてごめんだ。

 だったら、最悪の事態を避けるために先手を打つしかない。


 こうして彼女を夕食に誘ったのだ。


 目の前でハンバーグを切る所作は美しい。まるで高級フレンチのマナー講座に出てくるモデルのようだった。

 声を出しているものの咀嚼音などは全く聞こえず、フォークやナイフを上手に扱っている。

 綺麗だな──そんな感情を、自分がティナに抱くとは思ってもみなかった。



「ごちそうさまでした。料理、上手なんだね!」


 皿に盛り付けてあった料理を全て平らげると、ニカッと花が咲くような笑みを浮かべて言われる。

 幼児化しているからだろうか。クールな様子は少しもなく、ただただ幸せそうな表情だ。


 レイは無性に気恥しくなり、「ありがと」と小さく呟きながら食器を片すためにキッチンに逃げ込んだ。



「──どうしてまた幼児化してるんだ?」


 食器を全て洗い終えると、まだ居てもいい、なんて一言も言ってないにも関わらずソファーに寝転がるティナに聞く。


「それは説明するより診てもらった方が早いかもね──ほら、これを見て」


 そう言って長袖の裾を肩まで捲り上げる──そこに何かがあるかのように。

 レイは目を凝らして観察した。だがそこには


「見てって言われても何も無いのだが?」


「そうだよ。何も無いんだよ」


「何も……──ッ!」


 強調して言われてようやく気づく。

 撃たれたはずの腕。そこには、傷の一つすら残っていなかった。

 銃で貫かれたはずの腕が綺麗さっぱり治っているのだ。


 確かに、俺は目の前で苦しむティナの姿を見たはずだ。


「私、身体能力に加えて治癒力も急上昇させることができるの。もちろん代償はあるけれどね」


 身体能力と治癒力……それって最強じゃねぇかよ。幼児化するのは困るけれど、使い方を工夫したら色んなことに活用できるな。


 自分の能力と比べ、目の前で怠けるティナに羨望の眼差しを向ける。


 ふと時計を見てみると短い針が"8"を指していた。

 疲れている上に全身に傷があるレイとしては、今すぐにでも身体を癒したい。


「今日はもう帰ってくれないか」


「えー、なんで」


「早く風呂に入って寝たい」


「そっかー、でも……せっかく一緒にご飯食べたんだよ? もう少しだけじゃ、ダメかな?」


 ティナは目に見えた態度で嫌がる。

 一度楽な姿勢になったので、動くのが面倒くさいようだ。


「俺のを舐めるなよ。このままお前──ティナに居座られるとこの部屋は崩壊することくらいお見通しだ」


「そう……わかった」


 珍しく聞き分けがいい。

 何かを察したように頷き、一息でその場に飛び起きる。

 そして愛想の良い笑みを浮かべて玄関に向かった。


「明日から仕事が始まるよ。私達の有能さを組織に見せつけてやろう」


 最後にそう言い捨てて、玄関の扉が閉じる音が聞こえる。

 レイは「まるで嵐だな」と鼻で笑いながら呟き、玄関の鍵を閉めてから脱衣所に向かった。



     ◇



 翌朝。レイはソファーに座り珈琲を嗜んでいると、インターフォンが鳴らされた。一回だけでは止まらず、二回、三回と一定の間隔をあけてその音は部屋中に響く。

 リビングに取り付けられたモニターで確認をせずとも、客が誰だかわかる。


「来ると思ったから鍵は開けておいたぞー」


 玄関に向かって叫ぶ──とまではいかないが、周りの家の人の迷惑にならないくらいのボリュームで口にした。

 すると"お邪魔します"などの挨拶もなしに、ティナは部屋に上がり込む。手には封筒が握られている。


「ついに始まるよ──私達の初任務が!」


 人知れずレイの瞳は輝く。眼球に未だ生じていない光景が流れる──それはまるで未来を映す水晶玉のよう。


 そんな小さな事柄に気づかずに、希望に満ちた目のティナに、振り回される未来を考え胃を痛めるレイ。

 真反対の性格な二人の戦いが、今始まった──

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