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第10話 不可抗力で漏れた本音

「まだ任務内容を確認してないから一緒に見ようよ!」


 そう言って、ティナはソファーの空いているスペースに座る。

 封筒の端を手で破ると、中から一枚の紙を取りだした。綺麗に折り畳まれている。

 人生初の任務を目の前にして、レイは無意識のうちに固唾を呑む。その表情は曇っている。


 欲を言えば、瀕死になりながら任務をこなすのはごめんだ。

 可能であれば楽して稼ぎたい。


 レイは決してやる気がないという訳ではない。ただ死ぬことが怖いのだ。

 自分自身はもちろんだが、それ以上に奴隷でありながらも"相棒"と呼んでくれたティナが死ぬことが。


 アイツのことだ、自分の身を呈してでも他人を助けそうだ。


 その光景が容易に想像できてしまい、レイはクスリと小さく笑う。

 目を少しも離せないが、心配よりも先にかっこいいな、という想いが込み上げてくる。

 何もないところでニヤけるのを不審に思ったのか、ティナは首を傾げて聞いた。


「どうかした?」


「いいや──なんでもないっ!」


 緊張の糸はすっかりと切れて雨上がりの空のような、カラッとした笑顔を浮かべる。


「それなら気を取り直して私達の任務は──」


 ティナは勢いよく紙を開き、視線を落として内容を熟読する。

 初めは楽しそうに鼻歌を歌っていたが、次第にその音は小さくなり最終的には消えてなくなってしまった。


「少し驚いているようだけど、どんな内容だったの?」


 目に見えてつまらなさそうな表情を浮かべるので、レイは不思議そうに尋ねる。


「読み上げるね。『迷子の猫を見つけろ。特徴は人っぽい』だって……」


「は? なんて言った」


「迷子の猫探し」


「嘘だろ……」


 任務の内容が想像とは180度違うもので、言葉を失うほどの衝撃を受けた。


「嘘じゃないから私は驚いてるんだよ。何なのよ迷子の猫って! 私はバチバチな戦いをしたかったのに〜〜〜っ!」


「安全であるのに越したことはないだろ」


「えー、楽しくないじゃーん」


 昨日死にかけたのを忘れたのか。

 何が『楽しくないじゃーん』だよ。任務は遊びじゃないんだよ……あれ、そうだよな?


 ティナの話からはふざけてる様子などなく、任務というもの何なのかがわからなくなりかけていた。


「とにかく俺達は組織に借金をしているんだ。つべこべ言わずに頑張ろうぜ」


「そうなんだけどさー」


 むぅ、と頬を膨らませて、不満げに口を尖らせる。

 喋らなければ凛としていて綺麗なのになぁ、とレイは胸の内で思うが絶対に声に出さない。

 それは下手すれば首にぴたりと巻きつくネックレスによって、とんだ目に遭うかもしれないからだ。


「よしっ」


 パンッと両頬を叩き、ティナは落ち着いた口を漏らした。

 少しの間を開けて続けて口を開く。


「猫ちゃん好きだからいいんだけどさ! そんなことより──」


 ニコッと愛くるしい笑みを浮かべて、ソファーから勢いよく立ち上がる。

 軽くその場で一回転して、ふわっとショートパンツを揺らして見せた


「これが私の戦闘服なんだ〜可愛いでしょっ!」


 そう言うティナが身に纏うのは、黒いショートパンツに、袖がふわりと膨らんだ白いブラウス。胸元のボディーハーネスが、逆に隠すどころか彼女のスタイルを強調している。

 そしてその長くしなやかな脚にはホルスターが巻かれ、短刀がちらりと顔をのぞかせていた。

 ストッキングの上からのぞく太ももは、やけに視線を引きつけるほどに柔らかそうで、レイの理性を刺激する魅力があった。


 可愛いか可愛くないかと聞かれれば、もちろん可愛い。しかしそれを口に出してしまえば何故か負けたような気持ちになりそうだ。


 などと自身のプライドと葛藤していると、「もうっ」と頬をフグのようにぷくーっと膨らませたティナが目の前にいた。


【本音を言って】


 彼女の赤い瞳は真っ直ぐと、レイの美しく綺麗な漆黒の瞳を捉える。

 空気が凍りつくほどの迫力を持ったその声に、レイのネックレスが呼応するように光った。


「機能性と可愛さを両立していてとてもいいと思う」


「ふふふー。もっともっと」


 顔の表情を緩めてとても幸せそうに笑う。

 ネックレスの力を使い、レイの本音を引き出して悦に浸っている。


「ハーネスとストッキングがセクシーさを出していてドキドキする」


「ふふふふふふ……えっ!?」


 そこまで言われるのは予想外だったのだろう。声を裏返して激しく動揺する。

 ティナは自分自身を抱きしめて目を細める。


「不可抗力だ」


 レイがそう言い終える頃には、ティナは顔を真っ赤にして今にも蒸気を出してしまいそうだ。


「なんでそんなに細かく感想言うのよー!」


「言わせたのはそっちだろ……」


 レイが肩をすくめると、ティナはぷいっとそっぽを向いて、目を逸らしてしまった。


 しばらく沈黙が続く。だがその後ティナは唐突に立ち上がると、勢いよく叫んだ。


「よしっ、気を取り直して──猫ちゃん探し行くよっ!」


「そっちが引っ張るんだな……」


 こうして、レイにとって初めての任務が、やけに恥ずかしい空気の中で始まることになった。

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