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第4話 最高の婚約者と婚約破棄された男の末路





 ――王都ベルヴァールは、冬の終わりを告げる吹雪から解放され、再び活気を取り戻し始めていた。空は灰色の雲の切れ間から日差しを覗かせ、街路には雪解けの水音がほんのりと響く。けれど、その穏やかな風景とは裏腹に、王宮や貴族社会の内部は騒然としている。

 何しろ、国王の実娘たる王女クラリッサが、ロンズデール公爵子息アルバートとの婚約を正式に発表し、近いうちに大規模な婚礼の儀を行うと宣言しているのだ。その一方、クラリッサと異母兄である皇太子アレクシスのあいだには隠しきれぬ不穏な空気が漂う。もともと折り合いが悪いわけではなかったが、最近は“クラリッサ派”と“アレクシス派”に分かれて宮廷内の人事や権限を奪い合っているらしい。

 それだけならまだしも、ひそかに囁かれる噂では、アルバートとクラリッサは王政をさらに強固なものにするため“強引な手段”を取りかねない――という。社交界でも、次第に王女派と皇太子派が分裂を始め、息苦しい雰囲気が広がっていた。


 そんな状況の中、公爵令嬢エミリア・ウィンスレットは、着実に自分の立場を回復させている。かつて婚約破棄された屈辱をばねに、彼女はあらゆる社交の場で優雅な振る舞いと洗練された教養を披露し、“さすがウィンスレット公爵家の令嬢”と再評価を受けつつあった。それもこれも、皇太子アレクシスが彼女を高く買い、共に行動する機会を増やしていることが大きい。

 王女クラリッサとアルバートは、そんなエミリアに警戒の眼差しを向けているかもしれない。だが、彼女とアレクシスにはもう一歩踏み込んだ“ある計画”があった――つまり、宮廷や貴族たちに巣食う腐敗を表に引きずり出し、王女派の猛威を牽制すること。ある意味、エミリアの“復讐”は、皇太子の“国を守る戦い”と合流する形で、大きなうねりを生もうとしていた。


1.宮廷での密議と、アレクシスの決断


 エミリアが皇太子アレクシスに招かれて、離宮で小規模の舞踏会に参加した夜から、すでに半月が過ぎていた。その間、エミリアは父ヘンリー公爵の助力を得ながら、王都の有力者たちの動向を細かく探り始めている。

 アレクシスが求めているのは、「クラリッサとアルバートの横暴を抑えるための証拠や、対抗勢力とのパイプづくり」だ。そのため、エミリアは貴族としての血筋や交友関係をフル活用し、王宮の内情を洗い出すよう努めていた。かつては自分の婚約者だったアルバートが、どこでどんな打ち合わせをし、どのような権限を握ろうとしているのか――それを探るのは、彼女にとって苦くも重要な任務である。


 ある日、ウィンスレット公爵家を訪れた皇太子アレクシスは、エミリアと父ヘンリー公爵との密談の場を設けた。応接間には、アレクシスの近衛騎士たちが警護に当たり、余計な耳を排除している。

 「……ご存じの通り、近々クラリッサは盛大な婚礼の儀を執り行う予定だ。そこでは、アルバートを国政の中心に据える宣言が行われると聞いている。具体的には、王国軍の指揮権に関わる高官ポストを与え、さらに貴族院にも強い影響力を持たせるとか」

 アレクシスが低く落ち着いた声で語ると、ヘンリー公爵は渋面をつくる。

 「軍の指揮権……。確かに国王陛下は高齢になられ、近年の政務もクラリッサ王女が代行される場面が増えておりますな。そこへロンズデール公爵家が食い込めば、実質的な軍事の中枢が彼らの手に落ちる可能性もある。……これは、見過ごせぬ話だ」

 「はい。もしアルバートが力を握れば、貴族たちを恐怖で支配するのも容易いでしょう。もともとロンズデール家は代々軍人や騎士を多く輩出している家系ですし、アルバート本人の統率力はともかく、立場と歴史が揃えば人はついてくる。そうなれば、私たちの自由が脅かされる日も近いかもしれません」

 そう言いながらエミリアは、静かながらも怒りを胸に秘めていた。アルバートがただの名誉職に甘んじるならば話は別だが、彼が王女と共謀して権力を欲するならば、この国の未来は暗い。なにより、エミリア個人の気持ちとして“あんな男が国を動かすなど冗談じゃない”という思いがある。

 アレクシスはそんなエミリアの横顔をひと瞥し、わずかに微笑む。

 「クラリッサとアルバートの暗躍を抑えるには、王都の有力貴族――特に公爵位や侯爵位を持つ家が協力し合うことが必要だ。ウィンスレット公爵、そしてエミリア。どうかこれからも私に力を貸してほしい」


 皇太子から直接そう頼まれ、ヘンリー公爵は静かに頷いた。

 「無論です。ウィンスレット公爵家は、代々王家に忠誠を誓っております。たとえ相手が王女殿下でも、我らが国を危機に陥れるとなれば、見過ごすわけにはまいりません。……エミリア、お前のほうも問題はないな?」

 「ええ、父様。私ももちろん、アルバートの暴走を止めるためならば全力を尽くしますわ」


 そう答えながら、エミリアは自分自身に問いかける――“これは私の“個人的な復讐”を越えた戦い”だと。最初こそ、アルバートへの恨みが強かった。それは今も変わらない。だが、皇太子の考えを知るにつれ、エミリアはこの国の未来までを意識するようになっていた。王女が安易に権力を振りかざし、そこにアルバートのような利己的な人物が加担すれば、やがて国民は苦しむかもしれない。そうなれば、その影響はウィンスレット公爵家にも及ぶ。――何としても防がねばならない。


 「ありがとう。……近々、私は王宮で開かれる“小宴(しょうえん)”に顔を出すつもりだ。これは王女が主催する非公式の晩餐会らしいが、そこにアルバートも同席するだろう。おそらく“婚礼の前哨戦”として、内輪の貴族たちに何らかの方針を示すはずだ。……そこへ私が乗り込んで、連中の裏を取る。エミリアも同行してくれないか?」

 皇太子の提案に、エミリアはほんの少し息を呑む。“王女主催の晩餐会”は、言うなれば敵陣のど真ん中。それに皇太子がわざわざ出席するとなれば、緊張が高まるのは明白だ。そこでアレクシスはあえてエミリアを同席させるのだという。

 「はい、私でよろしければ。……ですが、私が行けば、王女殿下やアルバートにとって目障りでは?」

 「むしろ、そのほうがいい。やつらが取り繕う態度が崩れた瞬間、私たちにとって好都合な証拠がこぼれ出ることもある。私には、当日の様子を逐一記録させる腹心がいる。……それに、王都の有力貴族であるウィンスレット公爵家の令嬢が同行すること自体、いい“牽制”になる」


 アレクシスの視線は強く、揺らぎがない。その意図を汲み取り、エミリアも覚悟を決める。彼女にとっては、因縁の相手であるアルバートとクラリッサに、正面から宣戦布告するような場となるだろう。だが、“敵のホーム”であろうと、こちらには皇太子という“最高の味方”がいる。

 「わかりました、殿下。精いっぱいお支えします」


 こうして、次なる決戦の舞台が一つ、定まった。エミリアは胸の奥に燃える思いを抑え、静かに拳を握りしめる。――(さあ、今度はあの人たちを跪かせる番よ……)と。


2.王女主催の“小宴”――激突の前兆


 晩餐会といっても、王女クラリッサが主催するのは公式行事ではなく、あくまで“親しい貴族や関係者”を集めた小規模な会合だ。だが、その実態は“王女派”の結束を図るための政治的集まりである可能性が高い。

 エミリアと皇太子アレクシスは、互いに身を飾る侍従や侍女を最小限に抑え、あくまで“私的な訪問”という形で王女の離宮へと向かう。到着した頃には夕暮れが近づいており、離宮の周囲は点々と篝火が焚かれて、幻想的な雰囲気を醸し出していた。


 クラリッサが用意した広間には、すでに十数名の貴族たちが集い、談笑を交わしている。その中心には、王女クラリッサとアルバート・ロンズデール。――まるで夫妻のように腕を絡ませて、仲睦まじさを誇示している。

 エミリアは、彼らの姿を一目見るなり、胸の奥にざわっとした痛みを覚えた。過去の苦々しい記憶が蘇り、同時に新たな怒りが燃え上がる。だが、それを表情には決して出さず、むしろ凛とした態度で会場へ踏み込む。

 そして、皇太子アレクシスの到着に気づいた王女クラリッサもまた、わざとらしい笑みを浮かべて拍手をする。

 「まあ、お兄様。いらしてくださるなんて嬉しいわ。こんな小さな宴に、わざわざ足を運んでくださるなんて思っていなかったものだから」

 その言葉に、アレクシスは淡々と微笑みを返す。

 「妹上の催しとあらば、顔を出すのが礼儀というものだろう。それに……国王陛下に代わって、貴族の皆様にご挨拶するのも私の務めだ。どうか取り計らいよろしく頼むよ」


 すると、アルバートがクラリッサの隣から一歩進み出て、皮肉交じりの視線をアレクシスとエミリアへ投げかける。

 「これは驚きました。皇太子殿下と……ウィンスレット令嬢ですか。以前は随分とお楽しみのご様子でしたが、まだ懲りずに行動を共にされているのですね」

 その言葉に、一部の貴族がクスクスと笑いを漏らす。彼らにとって、エミリアは“捨てられた令嬢”であり、本来なら王女クラリッサと婚約するアルバートの前に立つなど、身の程知らずと言わんばかり。

 しかし、エミリアは怯まない。逆に軽く会釈をして、余裕ある笑みを浮かべる。

 「お久しぶりですね、アルバート様。こうしてお会いするのは、あの晩餐会以来でしょうか。……その後、調子はいかがですか? 王女殿下と多忙な日々を送っておられると伺いましたが」

 「……ふん。もちろん順調だよ。王女殿下と私は近々、国王陛下の御前で正式に婚礼を発表し、国政を担う立場になるのだからな。――君のような過去の女がどうこう言う話ではない」

 アルバートは嘲るように鼻で笑い、周囲の貴族も同調してくすくすと笑みをこぼす。それに対し、エミリアはまるで痛痒を感じないというように悠然と微笑むのみ。背後には、アレクシス皇太子が控えているという自信があるからだ。


 王女クラリッサが手を叩き、主催者としての役割を果たすように振る舞う。

 「では、お兄様も到着されたことですし、早速テーブルに付きましょう。今日は私たちのささやかな晩餐ですが、どうぞ皆様、ごゆっくり楽しんでいってくださいませ」


 こうして始まった“小宴”は、表面上こそ和やかだが、内実は王女派の取り決めや、皇太子との駆け引きが絡む“政治の場”だった。

 テーブルに着くと、クラリッサとアルバートが自慢げに「王国の軍制改革」や「貴族院の新編成」などの構想を語り始める。そこには、「軍の権限を強める」「貴族たちを一枚岩にする」といった、どこか強権的な印象を与える案が散見された。

 アレクシスは黙ってそれを聞いているが、ときおり目を伏せ、深刻そうな表情を浮かべる。対する王女とアルバートは、嬉々として“私たちがこの国を導くのだ”とばかりに語り続ける。

 エミリアは、そのやり取りを目の当たりにしながら思う――(やはり、この二人は危険だわ)。王女クラリッサは気が強く、周囲を押しのけてでも自己を通そうとするタイプ。そしてアルバートは、そんな彼女の権威を利用し、より強固な地位を得ようとしている。まさに“野心家同士”の共闘であり、それに賛同する貴族たちもいるのだ。


 (いつかきっと、奴らは暴走する。……今はまだ、周囲の顔色を窺いながら取り繕っているにすぎない。でも、その時が来たら……)


 エミリアの胸に暗い確信が芽生えた瞬間、ふと隣にいたアレクシスが静かに口を開いた。

 「妹上、アルバート。随分と華やかな改革案を披露しているようだが、一つだけ気になることがある。――軍の指揮権に関して、具体的に誰をトップに据えるか、もう決めているのか?」

 アレクシスの問いかけに、アルバートは誇らしげに微笑み返す。

 「もちろん、私が総司令官として動かす予定だ。王女殿下との結婚を機に、その地位を正式にいただく話になっている。今はまだ秘密だが、いずれ公に発表されるだろうね」

 「そうか。……すると、ロンズデール公爵家の軍系統に加えて、王女殿下の縁故が重なるわけだ。……万が一、不測の事態が起こった場合、その軍事力は誰に向けられるのだろうか?」

 アレクシスの静かな言葉に、会場が一瞬ざわめく。“不測の事態”――それはすなわち、内乱やクーデターも含み得る重大な話だ。クラリッサが顔をこわばらせる。

 「お兄様、それはどういう意味? 私たちが何か企んでいるとでも?」

 「いや、そんなことは言っていない。ただ、権力が過度に集中すれば、必ず軋轢が生まれる。王女殿下としても、その点にはご注意いただきたいのだよ。……父上(国王陛下)がご高齢である今、私たち王族が争っては国が乱れる。だからこそ、力の分散は必要だと考えるが、いかがかな?」

 アレクシスの言葉は一見穏やかだが、その本質は“分権をせよ、さもなくば疑われる”という警告である。クラリッサは薄く笑いながら、同席している貴族たちに視線を巡らせる。

 「ですって。皆様はどうお考えかしら? 力を分散すれば、かえって意思決定が遅れて混乱が生まれるのではなくて? 私は、強い統率力こそ国の安定に繋がると思うのだけれど」

 すると、何人かの貴族が王女に同調して「確かに、一元的な指揮は重要」「リーダーシップがなければ戦乱に巻き込まれた時に対応できない」などと口々に述べる。もはや彼らはクラリッサ派とみなして差し支えない。

 そんな光景を見ながら、エミリアは(これは完全に対立構造だわ)と実感する。アレクシスがもっと踏み込んで反論すれば、今にも言い争いが起きそうな雰囲気だ。しかし、この“小宴”はあくまで非公式。表立っての衝突は避け、各々が相手の出方をうかがう場というわけだ。


 やがて食事が進み、デザートの頃合いになると、アルバートが堂々と席を立ち、人々に向かって乾杯の音頭を取る。

 「皆様、本日は王女殿下が素晴らしい宴を開いてくださり、誠に感謝申し上げます。……そして、近々私どもは国王陛下のご加護のもと、華やかな婚礼を迎えさせていただく運びとなりました。その暁には、私アルバート・ロンズデールが微力ながら、この国に尽くしていく所存です。どうか皆様、今後ともよろしくお願いいたします」


 満面の笑みを浮かべるアルバート。その手を握り、横に並ぶクラリッサも微笑む。周囲は拍手喝采――彼らの未来を祝福する声が広がる。

 しかし、エミリアの胸中は暗い不安と嫌悪感で満ちていた。この人々は、アルバートとクラリッサがいずれ“国を牛耳る”と確信しているのだ。そして、それに媚びるように拍手を送る者たちが少なくない。かつてエミリアが婚約者として信じていたアルバートは、今や王女の傀儡になるのか、あるいは王女を利用するのか――いずれにせよ、彼らの野望は確実に拡大しつつある。


 (このままでは本当に、あの人たちの思うがまま……)


 そう考えた瞬間、エミリアはグラスを置いて静かに席を立った。周囲が何事かと目を向ける。アレクシス皇太子も僅かに眉を動かしたが、エミリアの意図を察して止めない。

 エミリアは皆の注目を一身に浴びながら、王女クラリッサとアルバートに向き直る。そして、すっと優雅に一礼した。

 「アルバート様、王女殿下。……ご婚約の成功、心よりお祝い申し上げますわ。かつてアルバート様の婚約者だった私も、こうして公の場でお慶びを述べることができて光栄です」

 意外にも穏やかなエミリアの言葉に、クラリッサは薄笑いを浮かべつつ首を傾げる。

 「まあ、わざわざありがとう、エミリア。あなたが祝ってくれるなんて、ちょっと意外だけれど。……ずいぶんと強がるようになったものね」

 侮蔑を含んだ言い方をされても、エミリアは動じない。むしろ、底意地の悪い笑みを返してみせる。

 「いえいえ、強がりなどではありませんわ。私はただ、アルバート様がかつてウィンスレット家に見せてくださった“誠意”が、王女殿下にも通じることを願っているだけです。……どうか今度は、捨てられるお相手が出ないといいのですけれど」


 一瞬、広間が水を打ったように静まり返った。王女派の人々は「なんだと?」と目を剥き、クラリッサとアルバートも明らかに不快そうな表情を浮かべる。これはもう暗に“アルバートは裏切る男だ”と言っているも同然だからだ。

 アルバートはグラスを握る手が震えているのを隠そうともせず、エミリアへ鋭い視線を突きつける。

 「……ウィンスレット令嬢。どういうつもりだ? ここは王女殿下の宴だぞ。軽々しく侮辱めいた言葉を口にして、ただで済むと思うな」

 「侮辱? とんでもありません。私はただ、王女殿下の幸せを願っているにすぎませんわ。あなたが過去に私を捨てたように、新しい誰かを犠牲にしないといいですわね、と。それだけのことです」


 エミリアはあくまで笑顔を崩さず、深々と一礼する。周囲の貴族たちは息を呑み、一触即発の空気が漂う。王女クラリッサは怒りをこめた瞳でエミリアを睨みつけ、周りの貴族も「これは許されない無礼」とばかりに口々に非難し始める。

 だが、その瞬間――ドン、とテーブルを叩く音が響いた。アレクシス皇太子だ。彼は静かに席を立ち、王女クラリッサとアルバートを順番に見渡す。

 「もういい。……皆、これ以上の侮辱合戦はやめよう。この宴が険悪なムードになれば、王女殿下のお顔に泥を塗ることになるのではないか?」

 そう言い放つアレクシスの声には、絶対的な威圧感があった。王女派の貴族たちも一瞬にして沈黙する。国王の第一継承者である皇太子が本気で怒れば、彼らとしても無視はできない。

 クラリッサは悔しそうに唇を噛むが、仕方なく苦笑いを浮かべる。

 「お兄様の言う通りだわ。こんな場所で醜態を晒すのは、王族として望ましくないものね。……エミリア、覚えておきなさい。あなたには後でしっかりと話を聞かせてもらうわ」


 こうして“小宴”は一旦、お開きのムードに入った。王女派の面々は内心穏やかでないだろうが、アレクシスがいる手前、公には騒げない。エミリアはアレクシスと共に会場を後にしながら、内心で静かにガッツポーズを取る。――(よし、あれで十分だわ。あの人たちの逆鱗に触れてこそ、ボロが出る)と。


3.アルバートの暴走――王女クラリッサとの亀裂


 エミリアとアレクシスが王女の“小宴”で去った翌日、ロンズデール公爵家では激しい言い争いが起こっていた。原因は言うまでもなく、昨夜のエミリアの挑発。そして、それに対するアルバートの苛立ちだ。

 「……あの女、よくもあんな場で俺を侮辱してくれたな。まるで、俺が王女殿下を捨てるような物言いをして……!」

 アルバートは応接間で荒々しく歩き回り、怒りを吐き出している。対するクラリッサは、そんな彼を冷ややかに見つめる。

 「ふん、騒ぎすぎよ。私の宴でケンカでも始めるつもりだったの? お兄様が止めなければ、もっと面倒になっていたかもしれないわ」

 「王女殿下! あれは私が悪いのではありません。エミリアが……」

 「分かっているわ。彼女が余計な口を挟んだのは腹立たしい。でも、あなたも今後は気を付けなさい。ああいう場でムキになればなるほど、皇太子派はあなたを“単純で扱いやすい男”とみなすかもしれないでしょう?」

 クラリッサの鋭い指摘に、アルバートはぐっと言葉に詰まる。確かにエミリアの挑発に乗って感情的に反応すれば、アレクシスらの思う壺だ。だが、そう分かっていても怒りを抑えきれないのがアルバートだった。

 「そもそも……王女殿下は、どうしてあの“小宴”に皇太子とエミリアを招いたのです? もし本当に私たちがこの国を支配したいのなら、あんな連中には来てほしくなかったはず。……まさか、彼らの動きを探っているのでしょうが、逆に彼らに利用される危険もあります」


 アルバートの問いかけに、クラリッサは不満げに唇を尖らせる。

 「仕方ないじゃない。お兄様が来ると言い出したとき、私が拒否すれば“王女が皇太子を疎んじている”とさらなる噂が立つわ。むしろ、あの場で私たちが堂々と国政のビジョンを語ることで、“次期政権”の正当性を印象付けたかったの」

 アルバートはようやく落ち着きを取り戻し、深い息を吐く。クラリッサも苦々しい表情を浮かべながら、椅子に腰掛けた。二人は共に野望を抱え、この国を自分たちの思うように動かそうとしている。それはおおむね合致する利害だが、お互いの性格の強さゆえ、微妙な亀裂が生まれ始めているのも事実だ。

 (……エミリアめ。今さら俺の前に現れたところで、何を変えられるというんだ。俺はもう、王女殿下を手に入れ、国そのものを手に入れる寸前だというのに)


 アルバートは心の中でエミリアへの敵意を燃やしつつ、次なる策を模索していた。少なくとも、あの小宴で自分の威光を示したつもりだったが、エミリアの挑発で彼のイメージがやや傷ついたのも事実。王女派の有力貴族の中には「アルバートは本当に大丈夫なのか」と不安を抱く者もいる。

 「王女殿下、私はやはり、もう一度決定的な手段を取るべきかと考えます。……皇太子やウィンスレット公爵家が余計な動きをする前に、力で押さえ込む必要がある。例えば、王宮の守衛や近衛騎士の人事を大きく変えてしまうとか。……そうすれば皇太子も思うように動けなくなるでしょう」

 その提案に、クラリッサは少し思案顔になった。

 「近衛騎士の人事……。確かに悪くないわね。それに、ある程度の書類は父上(国王陛下)のサインを得なくても私が決裁できるから、今のうちに私たちに忠誠を誓う者を配置するのも手ね。……ただし、お兄様がそれにどう反応するか」

 「気にする必要はありません。いずれ王女殿下が正式に“摂政”の地位を得れば、皇太子は形だけの存在に成り下がります。私は全力でお力になりましょう」


 こうして、二人は密かに“軍と近衛の掌握”に向けて舵を切ることを決めた。政治の表舞台ではまだ大人しく“婚礼準備”をしているふりをしながら、裏で確実に体制を固める。これこそが王女クラリッサとアルバート・ロンズデールの進めるシナリオであり、いつの日か国王が崩御したり、健康を損ねたりすれば、一気に政権を掌握できるという算段だ。

 その企みが順調に進んでいることを思うと、アルバートの口元には暗い笑みが浮かぶ。――(今度こそ、エミリアなど眼中にない。あの女がどう叫ぼうと、最終的に勝つのは俺だ。王女殿下を手に入れ、この国を支配する。……地味でつまらない女に興味はない)


 しかし、そう思い込んでいること自体が、アルバートの大きな誤算だと、彼は気づいていない。エミリアの背後にいるのは、ただの公爵家ではない――国の未来を憂う皇太子アレクシス、そして王宮内外に密かに根回しを進める“反・王女派”の有力者たち。

 嵐の前の静けさが、音もなく王都を覆い始めていた。


4.運命の舞踏会――暴かれる陰謀と、婚約破棄の末路


 季節は移ろい、ベルヴァールの街並みに陽光が戻る頃、王宮では久々に盛大な舞踏会が催されることになった。名目は“国王陛下の快気祝い”とされているが、実際にはクラリッサとアルバートの婚礼を間近に控えての“前祝い”という性格が強い。おそらくはクラリッサが、病床に伏せりがちな国王を無理やり説得し、開かせた行事なのだろう。

 そして、その舞踏会こそが“決戦の場”になると、エミリアとアレクシスは確信していた。クラリッサとアルバートが大勢の前で誇示する権勢――その裏には必ず“ほころび”があるはず。そこを突くために、アレクシスは周到な準備を進めてきた。ウィンスレット公爵家、メイフィールド侯爵家、そして宰相家や大臣クラスの人脈に支えられながら、彼は王宮の人事や書類を密かに調べ上げ、クラリッサたちの権力掌握の不正を掴もうとしていたのだ。


 舞踏会の夜、広大なホールには豪奢なシャンデリアがいくつも吊るされ、貴族や外交使節が華やかな衣装に身を包んで集まっている。中央には王座が置かれ、体調の優れない国王が車椅子に近い形で着席していた。その隣に王女クラリッサが控え、さらにアルバートが寄り添う様子は、もはや“次の国主夫妻”を暗示しているかのようだ。

 一方、皇太子アレクシスは、父王の反対側に位置し、その傍らにウィンスレット公爵家のヘンリー公爵や、エミリアが並んで控える。両陣営が明確に分かれた配置に、参列者は嫌でも緊張を走らせた。


 舞踏会が始まると、まずはクラリッサとアルバートがワルツを踊り、その後アレクシスが貴婦人をエスコートして踊る――という流れが進められた。周囲は盛り上がりを見せ、音楽隊の調べに合わせて次々とペアがフロアへ降りていく。

 エミリアは貴族たちの動きを観察しながら、わずかに手を震わせていた。今日こそ、アレクシスが“最後の切り札”を使って、クラリッサとアルバートの不正を暴こうとしているからだ。彼女自身も数日前、それが何かを聞かされて驚いた。

 ――それは、近衛騎士の人事に関する捏造文書と、王宮の資金を違法に転用した疑いを示す公文書。クラリッサとアルバートが国王の名を勝手に使い、実際には署名していない書類を“国王の承認済み”と偽って提出していた証拠。もしこれが公にされれば、王女とアルバートは重大な政治スキャンダルに晒されるのは必至だ。


 (あの人たちなら、それくらいやりかねないとは思っていた。……でも、まさかここまで露骨だなんて)


 エミリアは、胸に湧き上がる怒りを抑えきれない。彼女がいた公爵家にも、過去に書面で要請があったが、それが不自然だったため断ったという経緯がある。それを深掘りした結果、アレクシスの調査チームが裏を固めることに成功したのだ。

 やがて、舞踏会が佳境に入ろうとするころ、アレクシスは静かに壇上へと進み出た。音楽隊が演奏を止め、参加者たちは一斉に皇太子の動向に注目する。クラリッサも嫌そうな顔でアレクシスを見やり、アルバートはニヤリとした嘲笑を浮かべる。――“ああ、また何か牽制するつもりか?”と。


 アレクシスは王座に座る国王を振り返り、一礼すると、はっきりとした声で言葉を発した。

 「諸君。今宵は国王陛下の快気を祝して、これだけ多くの人々が集まってくれたこと、私としても感謝する。だが、その一方で、私はここにおいて、陛下と国、そして皆を守るために、ある重大な事実を発表しなければならない」


 そう言った瞬間、ホールは静寂に包まれた。王女クラリッサとアルバートの表情が強張るのが遠目にもわかる。

 アレクシスは続ける。

 「この数週間、私のもとに奇妙な噂が寄せられた。――“国王陛下の名義で、近衛騎士の大幅な入れ替えが行われようとしている。そして、その裏には不透明な資金が動いている”と。私は当初、まさかと思った。王女クラリッサが陛下の名を騙るなどあり得ない、と」


 アレクシスが小さく嘆息し、視線をクラリッサに据える。周囲の貴族たちが息を呑む中、クラリッサは負けじと鋭い眼差しを返す。

 「……お兄様、いったい何を言っているのかしら。私が父上の名を“騙る”? 無礼にもほどがあるわ」

 「そうかもしれない。だが、こちらには不正に署名が偽造された書類がある。さらに、王宮の財務担当からの内部告発により、大規模な資金の転用が行われていた事実も判明した。――王女クラリッサ、そしてアルバート・ロンズデール。あなた方が関与している疑惑が、濃厚なのだ」


 言い切った瞬間、ホール中が騒然となった。貴族たちは口々に「そんな馬鹿な!」「証拠はあるのか?」と叫び、外国の使節も何事かと怪訝な顔をしている。クラリッサは血相を変え、アルバートは歯ぎしりをしてアレクシスを睨みつける。

 「……馬鹿なことを言うな! 私は断じてそんな文書を作った覚えはない!」

 クラリッサが怒声を上げるが、アレクシスは落ち着き払って懐から書類の写しを取り出す。

 「これは財務担当が保管していた写しだ。陛下の名前で発行されているが、陛下のサインと印章は偽物と判定された。さらに、アルバート、あなたの名前が補足署名として記されている。――これを見ても、まだ否定するか?」


 視線の集中に耐えかねたアルバートは、必死に取り繕おうとする。

 「し、知らない! そんなもの、私は承知していない! これは何かの陰謀だ! 皇太子殿下が私たちを嵌めようとしているんだ!」

 しかし、そこへさらに追い打ちをかける声が上がる。

 「いいえ、嵌められたのは私たちのほうですわ、アルバート様」


 それはエミリアの声だった。彼女はアレクシスの後ろから一歩進み出て、冷たい視線をアルバートに浴びせる。

 「私が王宮の書類管理に関わる友人から聞いた話によれば、あなた方が提出した“王命”には、不自然な時刻と日付が書き込まれていたそうです。――国王陛下が病床に伏せておられ、面会を一切拒絶していた時期と重なっている。つまり、陛下の面会許可を得ていないのに、署名をもらったことになっているのよ」

 「なっ……!」

 アルバートとクラリッサは言葉を失う。エミリアは淡々と話を続ける。

 「さらに、私の父ウィンスレット公爵が関係書類を確認したところ、“この日は国王陛下が別の療養先にいて、都にいなかった”という記録もありました。……明らかに矛盾があるのです」


 ホールの貴族たちがざわめき、目を見張る。これだけ具体的な証拠が次々と提示されれば、クラリッサとアルバートの弁明は苦しい。ここで最悪の場合、“反逆罪”の疑いさえかけられかねない。

 王女クラリッサは顔を真っ赤にして、動揺を抑えきれない様子で叫ぶ。

 「こんなの……何かの間違いよ! その書類は偽物に違いないわ! 私がそんな下手な偽装をするはずがないでしょう!」

 しかし、アレクシスは冷淡な表情を崩さず、人払いをしていた近衛騎士たちを合図で呼び寄せる。

 「これ以上の追及は、陛下の御前で行うべきだろう。――近衛騎士長、王女クラリッサ殿下とアルバート・ロンズデールを拘束……いや、身柄を保護せよ。逃亡の恐れがある」


 騎士長は厳粛な面持ちで命を受け、「はっ」と一礼し、王女とアルバートのもとへ向かう。クラリッサは「離しなさい!」と声を荒らげ、アルバートは「ふざけるな、俺は王女の婚約者だぞ!」と抵抗する。だが、騎士たちに取り囲まれると、もはや身動きが取れなくなった。

 ここに至って、舞踏会の場は大混乱に陥る。王女派の貴族たちは口々に抗議するが、アレクシスやウィンスレット公爵、さらに宰相や大臣クラスの要人も彼らを制止する。国王陛下自らが今この場で決着をつけるか――その判断は、国王の体調次第だが、少なくともアレクシス側が事前に許可を得ている節がうかがえる。

 アルバートは最後の悪あがきのように、エミリアへ殺気を帯びた眼差しを向け、唾を吐くように言った。

 「おまえ……。よくも裏切ってくれたな。昔はあれだけ俺に尽くしていたくせに……!」

 エミリアはまっすぐ彼を見返す。ほんの一瞬、過去の思い出がちらつくが、もはやそこに未練はない。むしろ、晴れやかな決心が胸に宿っていた。

 「私が裏切ったのではありません、アルバート様。――あなたが私を捨てたのです。今さら恨むなら自分の欲深さを恨んでくださいませ」


 そう言って、エミリアは静かに目を伏せる。かつて愛を信じた相手が、こうして没落していくのを目の当たりにするのは苦々しい。だが、仕方のないことだ。これは、“侮辱された令嬢”の復讐でもあるのだから。

 クラリッサも「離せ! 私は王女よ!」と叫び続けるが、王族であっても国王の名を騙る罪は重い。彼女が追及を逃れられる可能性は低く、アルバートも同罪として取り扱われるだろう。婚礼どころか、“謀反の疑い”という不名誉な立場に転落する未来が濃厚だった。

 (これが、あなたたちの選んだ道よ。私を踏みにじり、権力を求めた、その報い……)


5.新たな婚約と、未来への一歩


 王女クラリッサとアルバートが拘束されたあの日から、数日が経過した。彼らは宮廷内で取り調べを受け、やがて“王命の偽造”を主導したことが明らかになる。もっとも、クラリッサは王族であるがゆえ厳しい処罰こそ免れるものの、摂政の地位は剥奪され、遠方の離宮で謹慎の身となった。アルバートに至っては“婚約破棄”はもちろん、公爵子息としての立場も危うく、ロンズデール公爵家の継承権を失う形で事実上の追放処分を下される見通しだ。

 こうして、婚約破棄を言い渡され侮辱された令嬢エミリア・ウィンスレットは、逆転を果たす。アルバートとクラリッサは自業自得の末路を迎え、社交界で大きく顔向けできなくなったのだ。


 それからさらに幾日か経ったある日、エミリアは王宮の庭園へ足を運んでいた。美しい緑と色とりどりの花に囲まれながら、彼女は一人、静かに物思いに耽っている。――アルバートへの復讐は果たされたはずなのに、胸の奥にあるのは虚しさではない。むしろ、やっとすべてに決着がついたという安堵と、未来への希望だった。

 すると、不意に背後から足音が近づき、声がかかる。

 「エミリア。……こんなところにいたのか。探したよ」

 振り返ると、そこには皇太子アレクシスがいた。近衛を伴わず一人で来たのか、ラフな衣装に身を包み、どこかくつろいだ雰囲気を漂わせている。エミリアは軽く頭を下げ、「失礼いたしました、殿下」と微笑んだ。

 「謝らなくてもいい。君はいつだって、こうして花を眺めるのが好きだったろう。……私も一緒にいいか?」

 「ええ、もちろん」


 二人は並んで庭園の小径を歩き出す。爽やかな風が頬を撫で、木漏れ日が淡く照らす中、アレクシスが口を開いた。

 「王女とアルバートの件は、ひとまず決着がついた。父上(国王陛下)は彼らの処遇を最終的に決めるらしいが、もう以前のように権力を握るのは不可能だろう。……これで、一連の混乱は収束に向かうはずだ」

 エミリアは小さく頷き、視線を落とす。

 「はい。私が望んでいた“彼らに後悔させる”という目的も、果たせたと思います。――それでも、なぜでしょう。今はただ……心が静かで、ホッとする感覚です」

 アレクシスはそんな彼女の横顔を慈しむように見つめる。

 「エミリアは強いな。並大抵の女性なら、あれほどの侮辱を受けたら泣き崩れて立ち直れないだろうに。……君は見事に乗り越え、逆に勝利した。さすがはウィンスレット公爵家の令嬢だよ」


 その言葉に、エミリアはくすりと笑う。

 「強い……そう見えますか? 自分では、まだまだ未熟だと感じます。あの夜会で婚約破棄を宣言された時は、本当に心が引き裂かれる思いでしたから。――でも、きっと、殿下が手を差し伸べてくださったからこそ、私は前を向けたのでしょうね」

 「……私のほうこそ、感謝している。君がいなければ、クラリッサとアルバートの不正を暴くのはもっと難航しただろう。ウィンスレット家の支援と君の社交術があったからこそ、私はここまで来られたんだ」


 二人は自然と視線を交わし合う。そのまましばし沈黙が続き、やがてアレクシスがエミリアの手をそっと取り、優しく握りしめた。

 「エミリア・ウィンスレット。――私がこの国の王となったとき、君を隣に迎えたい。……いや、君が望むなら、今すぐにでも私の婚約者になってほしい」


 突然の申し出に、エミリアの胸は大きく揺さぶられる。もちろん、アレクシスの想いを感じ取っていないわけではなかった。だが、改めて“婚約”という言葉を聞かされると、過去の傷が一瞬疼く。それでも彼女は顔を上げ、アレクシスの碧眼を真正面から見つめた。

 (この方は、アルバートとは違う。……私をただの飾りではなく、対等なパートナーとして見てくれている。私も彼の力になりたい。――ならば、答えは決まっている)


 エミリアは微笑みながら、そっと息をつく。

 「ありがとうございます、殿下。……私でお力になれるのでしたら、喜んでお受けいたします。ウィンスレット公爵家の名に懸けて、あなたのお傍に仕えたい」

 その瞬間、アレクシスの表情がぱっと輝き、穏やかな笑みを浮かべる。しっかりとエミリアの手を握り直し、彼女を引き寄せるようにして抱き寄せた。

 「嬉しいよ、エミリア。……必ず君を幸せにしてみせる。君が二度と悲しい思いをしないよう、この手で守ると誓おう」


 エミリアの胸に、熱いものが込み上げてきた。かつてアルバートからも“守る”という言葉を聞いたことはある。だが、今この瞬間に感じる安心感は、あの時とはまるで違う。本当に心から信じられる相手を得た――そう確信できるのだ。

 柔らかな風が吹き、庭園の花々が揺れる。エミリアは瞳を閉じ、アレクシスの温もりを感じながら、静かに呟く。

 「……ありがとう、殿下。私も、あなたと共にこの国を支えていきたい。どうか、よろしくお願いいたします」


 こうして、エミリアは再び“婚約”という形で未来を描くことになった。今度は王族、それも皇太子であるアレクシスとの婚約であり、将来的に国を率いる立場となる。かつて“捨てられた令嬢”と揶揄された彼女が、最終的には“次期王妃”の最有力候補へと登り詰めるのだ。社交界がこの事実を知れば、今さらながらに“エミリアを無視していた者たち”が慌てて掌を返し、彼女に媚びへつらうに違いない。だが、エミリアはもうそんなことに振り回されない。

 アルバート・ロンズデールは婚約を破棄した先で、結局は自らの野心に溺れて破滅の道を進んだ。王女クラリッサもまた、王族としての地位を乱用しようとして失墜し、これから先の人生は窮屈な“隠居”に甘んじるしかないかもしれない。

 エミリアは一度は傷つき泣き崩れたが、そこから立ち上がり、ついに最高の相手と結ばれるに至った。これはまさに“婚約破棄ざまぁ”の物語。彼女が披露する“優雅で強かな逆襲”は、多くの人々に語り継がれるだろう。

 ――そして、エミリアが皇太子妃として戴冠する日が来れば、その優雅な微笑みに心を奪われる者は数知れない。そう遠くない未来、王都ベルヴァールは“気高き薔薇”の王妃を迎え、新たな繁栄の時代を迎えることになるのだから。




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