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リストラ宮廷魔導士は、速やかに完璧主夫へとクラスチェンジする
リストラ宮廷魔導士は、速やかに完璧主夫へとクラスチェンジする
ハマハマ
異世界ファンタジースローライフ
2025年07月06日
公開日
6,717字
連載中
魔道研究所に勤めるオツカー・ボニートはある日唐突にリストラされた! 渋々ながら妻にそれを伝えると、なぜか喜ぶ妻「やったわ!」 そして初めて言葉を口にした一歳の娘「ぱぁぱ、まんま」 さらに死んだはずの師匠まで話し始める『奪われたアタシの体を探しておくれ!』 師匠が言うには、アタシはまだ死んでいない、魔導研究所を調べておくれ、とそう言うもののオツカーはリストラ済み。研究所に入れない。 専業主夫オツカーは師匠の願いに応えられるのか!?

第1話「オツカーは憂鬱」


 彼は憂鬱そうに歩いていた。

 古今東西の、その全ての憂鬱を一身に背負ったかのように──


「はぁぁぁ……──」


 それを耳にした者も共に憂鬱へと誘う程の陰鬱な溜息。

 それと言うのも!

 男はつい先ほどリストラクビを宣告されたばかりなのだ!


 彼──オツカー・ボニートは、実は二十八年前にこの世界で生まれ変わったである。

 しかし、特にに大きく触れる予定は今のところない。


 ただ単に前世の記憶を持ったままこの世界に新たな生を受け、そして成長し、ただ単に宮仕えの宮廷魔導士となった。ただそれだけの事である。


 ──そして冒頭にて早速リストラ宣告を受けた。

 ただそれだけの男である。



「言いたくはないけど……、に言わない訳にもいかないよね……」


 彼は一家三人暮らしの大黒柱。妻や娘に言いたくないのは痛い程によく分かる。

 そう呟いたオツカーはそのままとぼとぼと重い足取りで歩き、悪足掻あがきに少し遠回りなんかもしたけれど、遂には自宅のアパートへ辿り着く。辿り着いてしまう。


「……はぁぁ……」


 もうひとつだけ深い溜息をついたオツカーは、いつも通りにぴんぴんと毛先の跳ねる癖毛を少し撫でつけて、意を決した様に口を引き結んでノブを回す。


「た──ただいま、帰った、よ」


 アパートは二階建てのメゾネットタイプ。

 オツカーは玄関を入ってすぐの階段を上がり、恐る恐るリビングへと足を踏み入れた。


「おかえりなさい! 今日は早かったのね!」


 オツカーを出迎えたのは、彼が愛してやまない二つ歳下の妻サハラ。こちらもオツカーに負けず劣らず癖毛だが、オツカーのそれとは異なりきちんと撫でつけ後ろでひとつに纏められている。


 その彼女の腕にはついこの間一歳になったばかりの愛娘が抱かれていた。


「た、ただいま。サハラ、その、ちょっと話があるんだけど──」


 オツカーはさらに意を決し、嫌なことはすぐに済ませるべきだと口を開こうとするがそれをサハラが食い気味で遮った。


「聞いてオツカー!」

「え、ど、どうしたの?」


「私……私ついに受かったの! ! これで私もオツカーとおんなじ宮仕えだわ!」


 サハラが言う通り、確かに同じ建物内ではある。

 しかし決してではない。


 王立宮廷図書館に所属する宮廷司書という英才たち。

 まず第一に、基本給からして違う。


 ヒラの宮廷魔導士だったオツカーの給料は、少なくはないが敢えて言うほどには多くもない。

 対して宮廷司書はと言うと、ヒラの宮廷司書でその倍は確定である。


 というのも。

 宮廷魔導士は百八名からなるが、宮廷司書は常に十名しかなれない狭き門だからである。


 余談だが産休前のサハラが宮廷図書館の職員として働いていた頃はオツカーの半分ほどの給料だったことも添えておこう。


「凄いじゃないか! やったねサハラ──ん? という事は司書に欠員が出たのかい?」

「それが違うの。今回は十一人目の採用なの。司書長さまがもう随分とお歳だから」


 そう言ったサハラは胸に抱いた愛娘を顔の前まで持ち上げて言う。


「ナッちゃんも喜んでくれるー? ママやっと司書になれるのよ〜!」


 二人の愛娘が喜んでいるらしい明るい声をキャッキャと上げた。

 しばしそうやって明るい雰囲気に包まれたボニート家だったが、続くサハラの声にただ一人が憂鬱を取り戻す。


「それでオツカーの話って?」

「き、聞こえてたんだね──。その、さ。このタイミングで言いにくいんだけど……」


「オツカー。私達は夫婦でしょ? 何でも言い合うって約束したじゃないの」


 そうは言っても言いにくいものは言いにくい。オツカーの気持ちも分かろうというもの。

 しかしオツカー、愛するサハラにやはり隠し事はしたくない。意を決して口を開いた。


「それが、さ。僕、宮廷魔導士をクビになっちゃったんだ」

「──えっ!? それ本当!?」


 ナツを抱いたまま、片手を口に当てて息を呑むサハラ。

 対して、とても申し訳ない気持ちが本音ではあるが、なんとか伝えることが出来て少し肩の荷を下ろしたオツカー。


「うん、ごめん。本当なんだ」

「……や──」


 や──? サハラはあまりのことに声が出ない様子。


「や────、やったわ! これで全て解決だわ!」

「え? なにが『やった』なの?」


 サハラが再びナツを頭上に抱え上げ、踊る様にクルクル回ってオツカーへとナツを手渡した。


「保育園がいっぱいで入れないの! だからオツカー、ナッちゃんの事よろしく!」



 一家三人暮らし、大黒柱と専業主婦主夫がチェンジした瞬間だった。



「やったわ! やったのよ! 完璧だっ──わ〜♪ オツカーがぁぁ無職〜ぅ〜♪」

 サハラの謎歌が飛び出した。機嫌が良い時の象徴だ。

 クルクルと踊る妻サハラをなんとなくぼんやりと見詰めるオツカー。そのシャツが、クイクイっと引かれてオツカーは視線を下げた。


 すると父の顔を見てニコーっと微笑んだナツが口をあうあう動かしていた。


「……パ──」

「パ?」


「パ、パァ──パ」


「えっ!? ちょ、ちょっとサハラ! 踊ってる場合じゃないよ!」


 血相を変えるオツカーにサハラは何事かとクルクル踊るのをやめて近付いて言う。


「どうかしたの?」

「ナツが喋った! パァパって!」


「パァパ」


「ほんとだわ! マ、ママは!? ナッちゃん、ママ、マァマは?」


 そこはやはり自分も呼んで欲しいのが母心。

 けれど愛娘は母の期待に応えなかった。


「マ……、マ……、

「たはーっ! そっちいっちゃったかー!」


 残念そうな声音ながら、サハラの顔はゆるゆるに緩んでいる。それはオツカーも同様だ。


「ナツが喋ったー!」「ナッちゃんが喋ったー!」


 二人は両手もろてを上げて喜んで、お祝いだお祝いだ! パーティパーティ! と二人でナツを抱え上げてクルクル踊った。


「ナッちゃんが喋った祝い!」

「サハラの就職祝い!」

「オツカーのリストラ祝い!」


「……それは祝わなくて良いってば」


 けれど二人はニコニコと喜び顔で、スゥっと顔を近づけ口付けを──



『デレデレしてるとこ悪いんだけどさ』



 ──しようとしたが、それを遮るように二人の耳に声が届いた。

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