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第2話「語るログマー」


「……今の、なに?」

「分かんない。でも……」


 きょろきょろと首を捻る二人は、オツカーの胸に抱かれたナツへと恐る恐る視線を遣る。


「パァパ、マンマ」


 にっこり笑顔のそれはとびきり愛らしく可愛い愛娘の姿。ホッと胸を撫で下ろした二人は再び顔を近付けたが、やはりそれは叶わなかった。


『オツカー、まだ分かんないかぇ? アタシだよ、アタシ』


「そっ──その話し方は! まさか──まさかお師匠さま!?」


 キャッキャッキャッ──と嬉しそうに手を叩くナツの姿はもちろん見える。けれど不思議な声の主の姿はどこにも見えない。


「師匠って……は亡くなったでしょ!?」

「確かに亡くなったけど……今のは師匠の……」


『信じられないと思うけど正真正銘アタシだよ。悪いねぇ、親子水入らずのとこ』


 弟子であるオツカーは勿論のことだが、サハラだって生前のログマーには何かと世話になった。

 だからだろう。今の話し方、完全にログマーだとサハラにも理解できたらしい。


『悪いついでにさ、ナツのこと座らしてくんないかぇ? オツカーの体温で寝ちまいそうさね』


 頭に直接聞こえるようなログマーの声に、夫婦二人はオツカーに抱かれるナツの顔を見る。ニコニコと微笑む愛するナツ。


「寝そうにないですが?」

『あんたらには分かんなくてもアタシには分かるんだよ! 早くおし!』


「──はっ! ただいま!」


 久しぶりに師に怒鳴られたオツカーは慌ててナツを下ろして小さな豆イスに座らせる。そしてボニート夫妻は揃って愛娘の向かいに正座である。


 だぁだぁだぁ、と目前のローテーブルの天板を叩いて楽しそうなナツ。対してカチッと背筋を伸ばす両親。


『オツカーはともかくサハラ。悪いね怒鳴っちまって。どうしても早いとこ話がしたかったからさ』


 ──僕はともかくなのか──


 オツカーはそう思いながらも口には出さない。師が怖いのもあるが、師なら当然そう言うだろうと納得するところが大きいからだ。


 サハラはと言えば、「いえいえ、ははは……」と愛想笑いをしながらキョロキョロしている。


『ようやくナツが喋ったからアタシも喋れる様に──ダメか、やっぱりナツが寝ちまいそうだ。時間がない、手短かに言うからしっかり聞いておくれ』


 要領を得ないもののコクリと頷く二人。


『アタシは一年ほど前に死んだが、実は死んじゃいない。詳しくはまた言うが、あんたらの娘、このナツの体に魂だけが居候している状態だ』


「魂だけが…………。けれど僕は確かに師匠の死を確認しまし──」


『最後まで聞きな』


 ビシリと慌て者の弟子を嗜めるログマー。

 キュッと首をすくめる弟子オツカーとその妻サハラ。

 シパシパとまばたきする愛娘ナツ。


『アタシの体は仮死状態のままどこかにある筈だよ。それを探して欲し……、あ、ダメだ。ナツが限界──』


 コテン、とテーブルに突っ伏すように倒れ込んだナツの額を、ふわりとオツカーが掌で優しく受け止めた。



「オツカー……今の、ホント?」

「師匠が言うならそうなんだろうね」


 ナツを抱え上げたオツカーが、ふぅ、と溜め息を吐いてそう言った。

 リストラされたてのオツカーに、憂鬱の種がまた増えた。


 けれどオツカーは、どことなく嬉しそうに微笑んでいた。






「ふんふん♪ ふふ〜ん♪」


 オツカーは鼻歌まじりでフライパンを振る。


「なによオツカーってば、ご機嫌じゃないのよ」

「えー? そんな事ないよ。だって僕リストラされたばっかなんだよ?」

「そう? でも楽しそうだよ?」


「よしっ、出来た!」


 フライパンをお皿に向けて傾けていたオツカーは機嫌良さそうにそう言いながら、コンロのスイッチに触れを沈黙させた。


「あり合わせでごめんね。けど美味しく出来たとは思うよ」

「えへへ。オツカーの料理だから心配してないもんね。ほら! これ見てよ! 絶対美味しいに違いないよぉ」


 サハラはまだ目を覚まさないナツを抱いたままで体を振り振り、早く食べたい気持ちを体でアピール。


「ナツ貸してごらん。ベッドに入れるよ」

「あ、でも起きちゃうかも」

「起きたら起きたでちょうど良いよ。そろそろナツも晩ご飯にしなきゃだからね」


 それもそうねと頷いたサハラがナツを手渡して、手慣れた手つきでオツカーがベビーベッドへ運んだ。



「美味しい! 私やっぱりオツカーのご飯大好き!」

「そう? なら良かった。ソースはまだあるし、麺は茹でれば良いからたくさん食べてね」



 今夜の夕食はパスタ。

 水煮にしたトマトを潰し、塩をして旨味を凝縮した白身魚とえて塩胡椒で味を整えただけのシンプルなパスタ。

 けれどオツカーの作るものは割りとなんでも旨い。


 サハラも料理ができない訳ではないが、前世であまり幸せな家庭ではなかったオツカーは一人暮らしが長かった。そのおかげで家事全般においてオツカーの方が優秀である。



 ペロリとひと皿目を平らげたサハラの為に、オツカーがもう一人前のパスタを茹でようとお尻を上げかけたその時。


「──び……びぇぇぇ!」


「あ、ナッちゃん起きた」

「と、いう事は……」


『おはよ。あんたらのお姫様がお腹空かしてらっしゃるよ』


 ──どうやらナツの意識がない時はお師匠さまも意識がないらしい──


 オツカーはそう考えながら、一緒に茹でておいたナツ用の柔らかめパスタに、ほんの少しだけトマトソースを乗せて和え始めた。


 その間にサハラがナツを豆イスに座らせる。


 オツカーはちゅるんと一本摘み上げて味を見て、うん、とひとつ頷き皿によそい、お姫様の元へとサーブした。


「ナツ好みのやわめに茹でてありますから」


『娘にまで敬語で喋んなくても良いだろうが』

「あ、つい」


 ほんのり頬を桃色に染めたオツカーがその頬を掻く。けれどそんな事にはひとつも頓着しないナツがパスタを掴んで口へ放り込む。


『おぅおぅ、良い食いっぷりだねぇ。親父と違ってこりゃ大物になるぞ』


「パァパ、マンマ」

『食いながらおかわりをご所望かいお姫様』


 ナツの言うは母のことなのだが、もしかしたらおかわりを所望している可能性も否定できないのが辛いところ。


「んまんま。パァパ、まんま、んまんま」


 口の周りをソースだらけにした、もっしゃもっしゃと食べ続けるナツを後目しりめにログマーが声音を改め話し始めた。


『じゃ聞いとくれ。アタシが顛末をさ』


「──え、殺され──」

『黙って聞きな』


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