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第3話「白状するオツカー」


『黙って聞きな』


 うっ、と言葉を詰まらせたオツカーが自分の口を手で押さえて黙った。そして徐ろにログマーが話し出した。


『もちろんあんたらも知っての通り、アタシはこの世で最も優秀な魔導士だ』


 まずは自画自賛から。

 生前と変わらないいつものくだりであるし、事実その通りなので二人はただ頷くのみ。


『扱えぬ魔法もない、さらにはいくつかの魔術でさえも使えるこのアタシが──』



 ログマーの自慢話の真っ最中ではあるが、ここで若干の説明を要すかに思う。


 魔法とは、この世界──あかき世界での一般的な技術であり、得手不得手はあろうとも大抵の者が使えるモノ。


 そして魔術とは、この世界の外──くらき世界での技術であり、特殊な知識と技術を要し、魔力を用いて魔術陣を描く事により複雑な現象を起こす術。使える者は相当に限られるモノ。


 それらに対して魔導とは、特殊な道具を用いて魔法や魔術を行使するための技術または魔導具を指し、特に魔術を魔導に昇華させる事こそこのログマー・マカローが生涯を懸けて心血注いできたモノなのだ!




『──このアタシが! 肩書きだけのエザッサなんぞに殺されるとは思わないだろうが! おいオツ坊! 聞いてんのか!?』


「き──聞いてますよ。耳に蓋したって聞こえるんですから──……え? 今エザッサと言いましたか?」


 師の剣幕に眉を顰めたオツカーだったが、その内容の方があまりにもヤバかった。


「エザッサって……魔導研究所所長の……?」

『エザッサなんて馬鹿みたいな名前がそこらじゅうにあってたまるかい』


「いやそうでしょうけど……」


 もっしゃもっしゃ、もぐもぐ、べしゃあ。

 ナツが食事する音の中、オツカーは首を捻る。


『そうさオツ坊。いまアンタが思った通り、エザッサなんぞにしてやられるアタシじゃない…………』


「ならやっぱり──っ」


『最後まで聞きな』


 魂のみの師と会話するのはなかなか難しい。会話が途切れたのかが掴みにくいのだ。


『しかし確かにアタシは殺された。魂だけはなんとか切り離して、産まれた直後の──まだ空白のあったナツの体に逃げ込んだって訳だが』


 そう。確かにログマーはナツが産まれた日からほんの少し遅れて死んだ事になっている。当時オツカーは酷く複雑な心境だったことをよく覚えている。


『実行犯がエザッサだってだけさ。黒幕がいやがるに違いないね』

「けれどなぜお師匠さまを?」


『そりゃアタシが優秀過ぎたか……それか美し過ぎたか、だろうねぇ』


 ……しばしの沈黙。


『──おい。なんか言えオツ坊。サハラでも良いんだよ』


 やはり難しい。今度はツッコミ待ちだったらしい。


『アタシが思うに……どうやら連中、アタシを殺す事よりアタシの体を手に入れる事が目的だった様に思うんだよ』


「た──確かにログマー様はお美しいですが……」

『おうおう、さすがサハラは良く分かってるねぇ』


 気を良くしたログマーに向けてサハラが続ける。


「ろ、ログマー様を殺してお体を手に入れて、一体どうしようと言うのでしょう?」


『──……さぁねえ。ま……アタシくらい美しければなんなりと使だけどねぇ』


 含みのありそうな返事を寄越したこのログマーという魔導マスター。確かに世間では絶世の美女で通っている。

 しかしは七十を越え、はっきりと老婆なのだ。


 ただし魔法やら魔術やら魔導を使ったアンチエイジングに心血を注いでいる故である。見た目は多く見積もってもせいぜいが四十前後。三十前半でも通るかも知れない。

 実年齢を知る者どもは口を揃えて、こっそり影ではと呼ぶのが一般的となっている。


『幸いアタシの体は当面の間は腐りゃしない。気長に探してくれりゃあ良いさ』

「魔導具……ですか?」


『いや、魔術さ。あいにく老化を止める魔導はまだ出来ちゃいないんでいつかは腐るけどね』


 ──魔導具による老化の──


 これこそがログマーの研究の終着点の片割れ。

 ちなみにもうひとつは若返り。


 ログマーいわく、全盛期の自分の状態で老化を止めねば意味がない、だそうな。

 但し、ログマーは不老については興味津々だが、不死には興味がないそうだ。寿命で自然に死ぬ事が良いと考えているらしい。


『オツ坊。明日っからは仕事の合間合間にエザッサを探っておくれ。良いね?』



 良くない。



「…………それがお師匠さま。僕、宮廷魔導士をクビになっちゃって……今日……」


 言いにくくなる前に素直に白状したオツカーを褒めてやりたい。

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