俺の新しい居場所は、街のどこにも似ていなかった。
エレベーターで地底に降り、いくつものセキュリティを通って辿り着いたその施設――《零室》本部。
そこに広がっていたのは、戦闘訓練用のホール、異能測定機器の並ぶ研究棟、隊員用の簡易宿舎、そしていくつもの分隊チームが詰める待機エリアだった。
まるで地下に埋められた、ひとつの都市だった。
案内を終えた目の前の少女、柊空木は、振り返りながら言った。
「この施設、まだ完成して十年も経ってないけど、ずっとフル稼働なんだ。異能事件は年々増えてるし、私たちも人手が足りてない」
「この人数で、全部に対応してるのか?」
「ううん。他にも地方に拠点はあるよ。でもここは中枢。それだけ、君が扱った炎も重く見られてるってこと。……緊張してる?」
「してないと言えば嘘になるな」
「なら、大丈夫。ちゃんと怖がれる人間の方が、現場で生き残れるから」
彼女がそう言って笑ったあと、俺を訓練用ホールの中央に連れていった。
待っていたのは、背の高い青年だった。黒い髪を後ろで束ね、鋭い目つきと無駄のない姿勢。ただの隊員ではないと、ひと目でわかった。
「青山灰戸。君に最初の適応テストを受けてもらう。案内役は、俺。戦闘部所属の
「えっと、桐嶋……先輩?」
「呼びたければそれでいい。……時間の無駄は嫌いだ。さっさと始めるぞ」
この男を一言で言うなら──冷徹。
目に感情はなく、俺の炎すらも値踏みするような視線だった。
「ルールは簡単。俺を一撃でも止めてみろ。力の制御は問わない。……命のやり取りは、現場じゃ常識だ」
「なるほど。……わかりやすい」
俺は構えた。呼吸とともに、あの時の熱を思い出す。皮膚の下を巡る、赤く灼けるような感覚。
「――《起動》」
桐嶋の影が、床に吸い込まれるように広がった。
次の瞬間、地を這う影から鎖が伸び、俺の足元を狙って絡みついてくる。
――それが彼の異能の一部だと、すぐにわかった。
影から影へ、自在に移動する縫い糸のような攻撃。範囲も速さも、尋常じゃない。
だが俺は、手をかざして呼び起こす。
「来い……俺の《焔》!」
――炎が、再び咆哮を上げた。
掌から立ち上がる真紅の火柱。足元の影鎖を燃やし、強引に空間を割るようにして踏み込む。
桐嶋の身体が動いた。いや、影が先に動いた。
彼自身が影の中に沈み、次に現れたのは俺の背後。
「遅い」
振り返る間もなく、背中を何かが掠める。避けきれなかった。
重心が崩れ、膝をつく。焼けるような痛み。だが、炎はまだ消えていなかった。
「終わりだ」
桐嶋がとどめに構えたその瞬間。俺は、反射で手を振るった。
「……くそ、まだ!」
炎が爆ぜた。掌から直接噴き上がるように、衝動のままに。
熱風が巻き上がり、彼の影を一時かき消す。
次の瞬間、桐嶋が距離を取って着地していた。
その表情に、初めて驚きの色が浮かんでいた。
「暴発寸前の出力で、接近阻止か。……火力は、十分だな」
「つまり、合格……か?」
「合格かどうかは、俺が決めることじゃない。ただ、――現場で死なないだけの力はある」
不器用な言い方だが、それは確かな評価だった。
背後で、柊の声が響いた。
「ふふ。やっぱりね。よし!じゃあ、正式に記録するね。
名前を確認するね。
君を、正式に《零室》戦闘部へ配属する。
これから先、異能者として――そして『人間』として、君にしかできないことが、きっとある」
そして、手渡された小さなIDチップ。
裏には、名前と識別番号が刻まれていた。
「これで今日から君は零室の一員。これで、君の戦いが始まる」
俺はそれを受け取りながら、胸の奥にまだ消えぬ焔を感じていた。
あの日から目覚めた火は、今もくすぶっている。
名前のない炎。言葉にならない衝動。
でもきっと、誰かのために使う時が来る。
だから、もう迷わない。
俺は、この《零室》の一員として、生きていくんだ───