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第3話 名もなき焔は零を跨ぐ

俺の新しい居場所は、街のどこにも似ていなかった。

エレベーターで地底に降り、いくつものセキュリティを通って辿り着いたその施設――《零室》本部。

そこに広がっていたのは、戦闘訓練用のホール、異能測定機器の並ぶ研究棟、隊員用の簡易宿舎、そしていくつもの分隊チームが詰める待機エリアだった。


まるで地下に埋められた、ひとつの都市だった。


案内を終えた目の前の少女、柊空木は、振り返りながら言った。


「この施設、まだ完成して十年も経ってないけど、ずっとフル稼働なんだ。異能事件は年々増えてるし、私たちも人手が足りてない」

「この人数で、全部に対応してるのか?」

「ううん。他にも地方に拠点はあるよ。でもここは中枢。それだけ、君が扱った炎も重く見られてるってこと。……緊張してる?」

「してないと言えば嘘になるな」

「なら、大丈夫。ちゃんと怖がれる人間の方が、現場で生き残れるから」


彼女がそう言って笑ったあと、俺を訓練用ホールの中央に連れていった。

待っていたのは、背の高い青年だった。黒い髪を後ろで束ね、鋭い目つきと無駄のない姿勢。ただの隊員ではないと、ひと目でわかった。


「青山灰戸。君に最初の適応テストを受けてもらう。案内役は、俺。戦闘部所属の桐嶋きりしま緋影ひかげだ」

「えっと、桐嶋……先輩?」

「呼びたければそれでいい。……時間の無駄は嫌いだ。さっさと始めるぞ」


この男を一言で言うなら──冷徹。

目に感情はなく、俺の炎すらも値踏みするような視線だった。


「ルールは簡単。俺を一撃でも止めてみろ。力の制御は問わない。……命のやり取りは、現場じゃ常識だ」

「なるほど。……わかりやすい」


俺は構えた。呼吸とともに、あの時の熱を思い出す。皮膚の下を巡る、赤く灼けるような感覚。


「――《起動》」


桐嶋の影が、床に吸い込まれるように広がった。

次の瞬間、地を這う影から鎖が伸び、俺の足元を狙って絡みついてくる。


――それが彼の異能の一部だと、すぐにわかった。

影から影へ、自在に移動する縫い糸のような攻撃。範囲も速さも、尋常じゃない。


だが俺は、手をかざして呼び起こす。


「来い……俺の《焔》!」


――炎が、再び咆哮を上げた。

掌から立ち上がる真紅の火柱。足元の影鎖を燃やし、強引に空間を割るようにして踏み込む。


桐嶋の身体が動いた。いや、影が先に動いた。

彼自身が影の中に沈み、次に現れたのは俺の背後。


「遅い」


振り返る間もなく、背中を何かが掠める。避けきれなかった。

重心が崩れ、膝をつく。焼けるような痛み。だが、炎はまだ消えていなかった。


「終わりだ」


桐嶋がとどめに構えたその瞬間。俺は、反射で手を振るった。


「……くそ、まだ!」


炎が爆ぜた。掌から直接噴き上がるように、衝動のままに。

熱風が巻き上がり、彼の影を一時かき消す。


次の瞬間、桐嶋が距離を取って着地していた。

その表情に、初めて驚きの色が浮かんでいた。


「暴発寸前の出力で、接近阻止か。……火力は、十分だな」

「つまり、合格……か?」

「合格かどうかは、俺が決めることじゃない。ただ、――現場で死なないだけの力はある」


不器用な言い方だが、それは確かな評価だった。


背後で、柊の声が響いた。


「ふふ。やっぱりね。よし!じゃあ、正式に記録するね。

名前を確認するね。青山あおやま――灰戸はいと

君を、正式に《零室》戦闘部へ配属する。

これから先、異能者として――そして『人間』として、君にしかできないことが、きっとある」


そして、手渡された小さなIDチップ。

裏には、名前と識別番号が刻まれていた。


「これで今日から君は零室の一員。これで、君の戦いが始まる」


俺はそれを受け取りながら、胸の奥にまだ消えぬ焔を感じていた。


あの日から目覚めた火は、今もくすぶっている。

名前のない炎。言葉にならない衝動。

でもきっと、誰かのために使う時が来る。

だから、もう迷わない。

俺は、この《零室》の一員として、生きていくんだ───

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