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第2話 普通のサラリーマンと美人すぎる受付嬢

 イーリスとの殺し合いが始まる二ヶ月前、オレは念願の思いで手に入れた【普通】の仕事に勤しんでいた。


「天城てめぇ! 今月も契約ゼロじゃねーか! この役立たずが!」


「すいやせん!」


 オレは天城断(てんじょうだん)、33歳、独身、どこにでもいる普通のサラリーマンだ。ゆえあって、異世界にて勇者なんかをしてた経験が100回くらいあるが、いたって普通のサラリーマンである。


「てめぇ! 今月もゼロだったら給料無しにするからな!」


 オレのことを怒鳴っている髪が薄くなりつつある細身の男は、オレの上司にあたる人物だ。オレのことを心配して、日々、色々とフォローをいれてくれる。ありがたい存在だ。だから、オレは彼のことを上司様と呼んで敬っている。


「了解しやした! それでは! ゼロにならないように営業に行って参ります!」


「契約取れるまで帰ってくんな! この穀潰しが!」


「へい! 承知!」


 そしてオレは、カバンをもってニコニコと部屋を出た。本社ビルの廊下を進み、エレベーターの下りボタンを押す。8台あるエレベーターの内、一つが到着したので中に入って一階のボタンを押した。大きなエレベーターの中には誰もいない。


 オレはさっきのことを思い出して、わなわなと震え出した。


「……くぅぅぅ……普通のサラリーマン最高ー!」


 雄叫びと共に両腕を上げていた。テンションが上がって、ついついやってしまったのだ。


 なぜ怒られたのに喜んでいるのか、だって?

 そりゃあ、オレがずっと普通のサラリーマンに憧れていたからだ。


 オレは、15歳の頃から、クソ女神どもに『勇者適性がずば抜けている』とか言われ、一年のほとんどを異世界転生で消費させられてきた。

 だからオレは、サラリーマンはおろか、まともに学生生活を送ることもできず、今の33歳まで異世界尽くしで過ごしてきたのだ。


 だから、こうして、保険の営業マンとして、普通のサラリーマンとして、大企業で働いていることがすごく嬉しかった。


 上司様がキレてたような気もするが、全然気にならない。異世界転生の魔王討伐特典として得たこの【普通】の仕事は絶対に逃したくない。


 オレはここで普通のサラリーマンとして、【普通】に生きていくのだ!


「一階でございます」


 エレベーターのアナウンスが流れ、扉が開く。オレは軽い足取りでロビーへと向かった。


 今日は飛び込み営業100件やってみよっかな♪ ルンルン♪


「出陣ですか? 勇者ダン、いってらっしゃいませ。ご無事のご帰還をお祈りしております」


「……」


 受付嬢が座るカウンターから、変なセリフが飛んでくる。そこを見ると、眠たげな目の金髪美少女がオレのことを見つめていた。


 他の受付嬢二人は『またか』みたいな顔で笑っていて、お客さんはポカン顔だった。


「おい、イーリス」


「なんでしょうか、勇者ダン」


「その勇者ってのをやめろ。オレは普通のサラリーマンだ」


「私にとって、あなたは勇者ダンです。やめません」


「こいつ……」


「あはは、天城さん、イーリスちゃんのことは任せて。営業いってらっしゃい」


「ふぅ……ありがとう、成瀬さん、よろしく」


 イーリスの隣にいる受付嬢に会釈して、出入り口へと足を進める。外に出てから振り返ると、イーリスが無表情な顔で手を振っていた。


「……」


 それを一瞥してから、手を振り返さずに営業先に向かう。ほんと、あいつは一体なんで受付嬢なんてやってんだ。


 あいつは、オレを何度も異世界に転生させた女神の一人、イーリスという。腰まで伸びた美しい金髪にエメラルドグリーンの瞳、整った顔立ちは十代かと思わせるほど若々しくて美少女であった。女神だから数100歳だった気がするけど。


 そんなイーリスが、なぜ現代日本の保険会社の受付嬢をやっているのか?

 オレも未だに謎だ。


 この前の100回目くらいの異世界転生を終えたとき、オレが『サラリーマンになりたい』と神に願ったら、なぜか『イーリスも付けとくね』と言われて、本当にあいつもついてきたのだ。

 訳がわからん。謎だ。


 とにかく、イーリスとは、何度も異世界にて一緒に旅をした仲なのだが、今は同じ会社の同僚になっている。同僚になってから、三ヶ月くらいが経過した頃だろうか。


 まぁいい! あのよくわからん女のことは忘れて営業しよう!


「今日は一件くらい契約取れるといいなー! あー! 楽しいなー! サラリーマンって!」


 そんな独り言を呟いて、オレは地下鉄の駅へと続く階段を下り始めた。

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