《ベルクラフト はじまりの町》
人口500人くらいの小さな町から、勇者ダンの冒険は始まりました。
女神である私が管理を任せられているベルクラフトという世界に彼を転生させ、私も女神として同行した初めての旅です。
それまでの私は、勇者を転生させても天界から眺めることしかせず、そのせいなのか、私が選ぶ勇者は魔王討伐にことごとく失敗していました。
だから、神に『おまえも旅に同行して勇者をサポートせよ』と言われ、そのときに選んだのが勇者ダンだったんです。適当に選んだつもりでした。どうせ、誰を選んでも変わらない。神にサポートするよう言われているから同行はしますが、きっと、今までと結果は変わらないだろう。そのときの私は、そう思っていました。
「こ、こえぇ……」
転生してからの初戦、私の横で剣を構えた勇者ダンは、巨大な蛇の魔物に相対して震えていました。それを見て私は、この人は大丈夫なのだろうか、またハズレか、とガッカリしていたんです。
「よ、よし! 普通に! 普通に勇者やればいい! 大丈夫! いったれ!」
勇者ダンは、自分の身体に鞭打つように腿を叩いてから駆け出しました。
そして、その勢いのまま、余裕で魔物を倒してしまいます。当然です。私が勇者適性を見出して、ステータスを向上させてから転生させているのですから。
じゃあ、なんであんなに震えていたのでしょう? 強くなっていることはわかっていたはずです。
今までの人は絶大な力を手に入れて、嬉々として暴れ回っていたというのに。
「イーリスさん! オレ、やりましたよ! 倒しました! これで町の人たちも喜んでくれますよね!」
「……」
純粋な笑顔に見えました。
だけど私は、この後の展開を杞憂していました。
はじまりの町で魔物を討伐した後、勇者は必ず町人に感謝され、盛大に接待され、自分が特別だと実感させられます。そうすると、たいていの人間は天狗になるのです。
このときもそうでした。町全体をあげて、それはもう豪勢な祭りが行われたのです。町の中央広場に薪木を焚べ、勇者ダン専用の机が用意され、若い女性がこぞってお酒を注ぎにやってきました。勇者ダンは、それを照れながら受けています。
はぁ、やっぱりこの人も同じだ。勇者として転生させると、みんな自分が特別だって、特別だから感謝されて当然だって、それが気持ちよくなってしまうのです。
だから、世界を救うためとかそんなことより、感謝されることへの喜びを求めるようになるんです。それで、最後の最後に命をかけることができない、そんな勇者を何人も見てきました。
「はぁ……」
ニヤニヤしている勇者ダンを見て、また転生させる人物を間違えたのか、とため息をついたのを覚えています。
「……イーリスさん」
「はい、なんでしょう、勇者ダン」
彼はさっきまでのだらしない顔をやめ、町人たちを真剣な目で見ていました。
「これが、彼らの普通、なのかな……」
つぶやくような言葉、何を言っているのでしょう。
「こうやって、普通にご飯を食べて、家族や友達と普通に話して、普通に笑い合って、これを守るのが勇者の仕事なのかな」
「……」
「オレ、まだ勇者とか転生とかよくわからないけど、普通に勇者として、世界を、みんなを守りたいって、思い始めてる……」
「……」
そう呟く彼の目は、曇っていませんでした。純粋な真っすぐな目でした。
彼は違う。今までの人たちとは。そう思いました。
彼の表情には、自分が特別だというおごりも、もっと褒めてほしいというエゴも感じられ無かったからです。
私は、そんな彼の表情を見てから、彼のことが気になり始めたんだと思います。
♢
昔を思い出していた私は、隣の席でカクテルを飲んでいる彼のことをチラリと見る。成長した姿だけど、私の目には、昔よりもずっと魅力的に映っていた。
「イーリス? どうした? 黙り込んで」
「いえ、はじめてあなたと転生したときのことを思い出してたんです」
「へー、魔王のことか? あのときの魔王、そんなに強くなかったけど、一回目だから苦戦したよなー」
「いえ、はじめて魔物を倒した町でのことです」
「ほほう?」
「私はあの町で、あなたを意識したんだと思います」
「はい?」
またなんか勘違いしそうなこと言ってる、と思って隣を見たら、イーリスもオレを見ていた。薄暗い照明の中見る彼女の顔は、なんだか艶っぽくてドキドキさせられる。
「あなたは、私のこと、意識してくれていますか?」
「は……はい?」
「それは肯定でしょうか?」
「違うが?」
「違うんですか。残念です」
それだけ言って、また正面を向くイーリス。
なんなんだこいつ、思わせぶりなことを次々言いやがって……
オレが訓練された童貞じゃなかったら、危ないところだぞ?
「ところで、女神って酒に酔うんだっけ?」
「酔いませんね」
「だよな。それで酒飲んで楽しいのか?」
「あなたといることが楽しいんです」
「……」
なんなんだよ、今更……
この日オレは、ずっとイーリスにドギマギさせられ続けた。