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第7話 恋を自覚した日

 月曜日、出社のために部屋を出ると、隣の部屋の玄関前にスーツ姿のイーリスが立っていた。女子高生が無理してスーツを着てるような違和感を覚える。それだけ、彼女は幼い出で立ちなのだ。


「……おはよ」


「おはようございます。勇者ダン」


「今日も一緒に出社するの?」


「はい。それが楽しいので」


「……」


「どうかしましたか?」


「いや、べつに……じゃあ行くか」


「はい」


 そしてオレたちは並んで歩き出す。


 ここ最近、出社するときは、毎日玄関で待ち伏せされていた。『何の気まぐれだ?』と疑問に思ってはいたが、先ほどのこいつの言葉を思い出すと変に意識してしまう。


「勇者ダン」


「んー?」


「一緒に出社するというのはいいものですね」


「ま、まぁ、一人よりはいいかもな」


「私は勇者ダンと一緒だと楽しいです」


「……さいですか」


「これが恋なのでしょうか」


「……おまえ、あんまりそういうこと言うもんじゃないよ。相手がオレじゃなきゃ、大変なことになっちゃうからね?」


「なんでですか? なる……ナルナルさんは素直に言えって言ってました」


「それは……しかしだな……あと、成瀬さんね」


「そういえば、2回目の転生のときに、シャーロットも同じようなことを言ってましたね」


「そうだっけ?」


「はい、よく覚えています」



「イーリス様! イーリス様は勇者様のこと! どう思っているのですか!」


 『ふんす!』鼻息荒く、私の前で両手を握りしめているこの子は、シャーロット。神官の女の子で、主に回復を担当しており、パーティの生命線でもある存在でした。

 シャーロットと一緒になったのは、勇者ダンとの異世界転生2回目のことです。


 このときのパーティは五人いたのですが、女性は私とシャーロットの二人、残り三人は男性だったので、シャーロットとは話す機会が多かったのを覚えています。


「勇者ダンのことをどう思っているか、ですか?勇者だと思っています」


「違くて! そうじゃなくて! 男性として! どう思ってるんですか! と言う質問です!」


「男性として?」


 さっきから、シャーロットの様子がおかしい。随分興奮しているようだが、どうしたのでしょうか。


「はい! そうです! その辺りをお二人が天界に帰る前にハッキリさせておきたくて!」


「はぁ、そうですか」


 この会話をしたのは、魔王城のすぐそばで、野営をしている最中だったと思います。

 明日には勇者ダンが魔王を倒すだろう、というタイミングです。つまり、明日には、私と勇者ダンはベルクラフトから帰還することになるのです。


「それでそれで! す、すすす! 好きなんでしゅか!? 勇者様のこと!」


 シャーロットが赤くなりながら、手をぶんぶんさせて興奮ぎみに聞いてくる。


 私は、『好きかどうか』と問われ、彼のことを思い浮かべました。なんだか、それだけで口元がニヤケそうになってしまいます。なぜでしょうか。


「好き? 勇者ダンをですか? ……ええ、好ましくは思っています」


「や、やっぱり! つまり恋してるってことですよね! あー、女神様と勇者様との種族を越えた禁断の恋! ロマンチックー!」


 シャーロットが、自分を抱きしめてクネクネしはじめた。なにを言ってるのだろう、この子は。


「恋? いえ、女神と人間はそのようなものは致しません」


「ええ!? そんなのあんまりです! だって! イーリス様はずっと勇者様のこと見つめていたじゃないですか! あれは惚れてるなって、みんなで噂してたんですよ! もちろん、わたしもそう思います!」


「それは……勇者の動向を監視するのが女神の務めなので……」


「でもでも! 食事してるときでも! 歩いてるときでも! 戦うとき以外もですよね!? イーリス様は、事あるごとに勇者様を目で追ってました! それはお気付きでしょうか? わたしは見逃してませんでしたよ!」


「え? ……それは……」


 自覚はなかった。でも、他人に指摘されて、それが事実だと、認識できた。


 たしかに最近の私は、あの人のことを『ずっと見ていた』と思う。


「好きな人を目で追ってしまうのが恋の始まりなんです! だから! イーリス様は勇者様に恋をしてるんです! 絶対! 絶対そうですよ!」


「恋……これが……恋……」


 ただ、勇者ダンのことが気になっていた。彼の生き様や考え方、何を成し遂げるのか、それが気になっているのだ、と思っていた。

 だから、いつも彼のことを目で追っていた。それだけのことのはずだ。


 でも、シャーロットはこれが恋なのだと言う。


「恋……女神である私が?」


 あのとき、恋がなんなのかを初めて考え出したんだと思います。

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