月曜日、出社のために部屋を出ると、隣の部屋の玄関前にスーツ姿のイーリスが立っていた。女子高生が無理してスーツを着てるような違和感を覚える。それだけ、彼女は幼い出で立ちなのだ。
「……おはよ」
「おはようございます。勇者ダン」
「今日も一緒に出社するの?」
「はい。それが楽しいので」
「……」
「どうかしましたか?」
「いや、べつに……じゃあ行くか」
「はい」
そしてオレたちは並んで歩き出す。
ここ最近、出社するときは、毎日玄関で待ち伏せされていた。『何の気まぐれだ?』と疑問に思ってはいたが、先ほどのこいつの言葉を思い出すと変に意識してしまう。
「勇者ダン」
「んー?」
「一緒に出社するというのはいいものですね」
「ま、まぁ、一人よりはいいかもな」
「私は勇者ダンと一緒だと楽しいです」
「……さいですか」
「これが恋なのでしょうか」
「……おまえ、あんまりそういうこと言うもんじゃないよ。相手がオレじゃなきゃ、大変なことになっちゃうからね?」
「なんでですか? なる……ナルナルさんは素直に言えって言ってました」
「それは……しかしだな……あと、成瀬さんね」
「そういえば、2回目の転生のときに、シャーロットも同じようなことを言ってましたね」
「そうだっけ?」
「はい、よく覚えています」
♢
「イーリス様! イーリス様は勇者様のこと! どう思っているのですか!」
『ふんす!』鼻息荒く、私の前で両手を握りしめているこの子は、シャーロット。神官の女の子で、主に回復を担当しており、パーティの生命線でもある存在でした。
シャーロットと一緒になったのは、勇者ダンとの異世界転生2回目のことです。
このときのパーティは五人いたのですが、女性は私とシャーロットの二人、残り三人は男性だったので、シャーロットとは話す機会が多かったのを覚えています。
「勇者ダンのことをどう思っているか、ですか?勇者だと思っています」
「違くて! そうじゃなくて! 男性として! どう思ってるんですか! と言う質問です!」
「男性として?」
さっきから、シャーロットの様子がおかしい。随分興奮しているようだが、どうしたのでしょうか。
「はい! そうです! その辺りをお二人が天界に帰る前にハッキリさせておきたくて!」
「はぁ、そうですか」
この会話をしたのは、魔王城のすぐそばで、野営をしている最中だったと思います。
明日には勇者ダンが魔王を倒すだろう、というタイミングです。つまり、明日には、私と勇者ダンはベルクラフトから帰還することになるのです。
「それでそれで! す、すすす! 好きなんでしゅか!? 勇者様のこと!」
シャーロットが赤くなりながら、手をぶんぶんさせて興奮ぎみに聞いてくる。
私は、『好きかどうか』と問われ、彼のことを思い浮かべました。なんだか、それだけで口元がニヤケそうになってしまいます。なぜでしょうか。
「好き? 勇者ダンをですか? ……ええ、好ましくは思っています」
「や、やっぱり! つまり恋してるってことですよね! あー、女神様と勇者様との種族を越えた禁断の恋! ロマンチックー!」
シャーロットが、自分を抱きしめてクネクネしはじめた。なにを言ってるのだろう、この子は。
「恋? いえ、女神と人間はそのようなものは致しません」
「ええ!? そんなのあんまりです! だって! イーリス様はずっと勇者様のこと見つめていたじゃないですか! あれは惚れてるなって、みんなで噂してたんですよ! もちろん、わたしもそう思います!」
「それは……勇者の動向を監視するのが女神の務めなので……」
「でもでも! 食事してるときでも! 歩いてるときでも! 戦うとき以外もですよね!? イーリス様は、事あるごとに勇者様を目で追ってました! それはお気付きでしょうか? わたしは見逃してませんでしたよ!」
「え? ……それは……」
自覚はなかった。でも、他人に指摘されて、それが事実だと、認識できた。
たしかに最近の私は、あの人のことを『ずっと見ていた』と思う。
「好きな人を目で追ってしまうのが恋の始まりなんです! だから! イーリス様は勇者様に恋をしてるんです! 絶対! 絶対そうですよ!」
「恋……これが……恋……」
ただ、勇者ダンのことが気になっていた。彼の生き様や考え方、何を成し遂げるのか、それが気になっているのだ、と思っていた。
だから、いつも彼のことを目で追っていた。それだけのことのはずだ。
でも、シャーロットはこれが恋なのだと言う。
「恋……女神である私が?」
あのとき、恋がなんなのかを初めて考え出したんだと思います。