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第13話 異変

「うー……」


 イーリスとの遊園地デートの翌朝、オレは頭を抱えて目を覚ました。いや、正確に言えば、ほとんど眠れなかった。昨日のデートのことを思い出していたからだ。


 まさか、イーリスのやつが本気でオレに結婚を申し込んでくれるなんて思わなかった。だから、予想外すぎて、いつもの調子を気取って失礼な態度をとってしまった。


 だって、あいつには、転生をするたびに、『その気はない』みたいなことを言われてたし。正直、なんで今更というのが素直な気持ちだ。


 あいつと異世界転生したのは計4回、全てベルクラフトへの転生で、向こうの時間軸で50年間隔くらいで魔王討伐の旅を行った。


 その度、なぜかあいつがオレのパーティについてきて、常に監視されていたように思う。


 4回目とかは、『勇者ダンには恋愛なんて早い』とか言われ、あいつ以外のパーティメンバーは男限定にされたっけか。あれは地味にきつかった。だって、そのときのオレは30歳超えてたし。


 恋愛が早いって? なら、オレはいつ恋愛するんだ! おまえら女神のせいで恋愛する暇が無かったんだろ! 責任とれ! と宿屋の枕を濡らしたものだ。


 そんな、ひどい仕打ちをしてきた女神の一人、イーリスのやつがオレのことを好きだという。

 たしかに、最近はなんだか態度が柔らかかったけど、冒険してきた数年を考えればほんの一部のことだ。

 だから、オレはすぐに適応できなかったんだ。あいつの態度の変化に。


「……いや……言い訳だな……よし! 謝ろう! なんて言えばいいかわからないけど! とにかく謝ろう!」


 気持ちを切り替え、立ち上がって着替えてから隣の部屋に向かうことにした。

 ピンポーン。


「……」


 ピンポーン。


「いないのか? おーい、イーリスー」


 扉の向こうに呼びかけても返事はない。留守のようだ。


「ふーむ? まぁ、後でまた来るか」


 一旦、チャイムを鳴らすのをやめ、とりあえずコンビニに向かうことにする。朝昼兼用のご飯でも買いに行くことにしよう。


「……なんだ?」


 町を歩いていて、すぐに違和感を覚えた。今日は日曜、コンビニまで歩いてきたが、誰ともすれ違わないのだ。スマホを見る。時刻は10時26分。別に早朝ってわけでもない。


「……」


 違和感を覚えたままコンビニに入る。コンビニにも人はおらず、CMの声だけが虚しく鳴り響いていた。お客さんがいないだけならまだいい。レジにも誰もいないのは明らかに不自然だった。


「どうなってる……」


 人が、消えていた。


 確認するため、一旦外に出てスキルを使うことにした。


「サークルサーチ」


 スキル名を呟き、周囲の探索を行う。自分の周囲から円形に探索範囲を広げていき、人がいないかを確認した。結果、周囲3キロ圏内に生物の反応を見つけることはできなかった。


「……どうなってる? ……イーリス?」


 すぐに、あいつの顔が浮かんだ。こんなことが出来るやつ、現世ではあいつくらいしか思い当たらない。


「なんで……いや、まずはあいつを探そう。あいつがいるとしたら……」


 オレはひとまず、もう一度家に戻り、イーリスの部屋に無理やり入ることにした。扉の鍵を腕力でねじ切り、部屋に入る。


 シンプルな色のない部屋だった。でも、そんな室内の小さな棚の上にある物を見つける。

 いつか、あいつと一緒に転生したときに、オレが渡したブレスレットだった。


「なんだよ……こんなの……嬉しくないって言ってたじゃねーか……なんでまだ持ってんだよ……」


 一度手に取って握りしめたあと、そっと元の場所に戻した。そして、部屋を出る。


 あいつが行くとしたら、自宅以外にどこがある?

 オレとイーリスの共通点なんてそんなにはない。部屋にいないとすれば、一緒にいた時間が長いのは会社だ。


 オレはマンションの三階から、会社方面に向かって飛び立った。脚力を魔力によって強化し、ビルの上を蹴って、目的地に向かう。10分も経たずに本社ビルまで到着することができた。


 日曜の秋葉原なんて、それはもう大勢の人で溢れかえっているはずだった。それなのに人っ子一人いやしない。


 あまりに異常な光景を前に、オレは緊張した面持ちで本社ビルに足を踏み入れた。


 明るいロビー、いつもの光景だ。


 だが、人間はいない。


 そんな場所に、彼女はいた。


 いつもの受付嬢の服を着て、受付カウンターに座っている。


 その目は、どこか虚に見えた。

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