「イーリス……」
受付嬢姿の彼女にゆっくり近づき、話しかける。
「……」
返答はない。
「イーリス……これはおまえが?」
「……勇者ダン」
「な、なんだよ……」
「私と、結婚してくれませんか?」
「それは……正直よくわからない……だっておまえ、あっちの世界ではオレに……」
「勇者ダン」
オレの言葉を遮って、再度名前を呼ばれる。
「私と異世界に転生して、もう一度、旅をしませんか?」
「……いや、それは何度も断っただろ? それより、これ、なんで人がいないんだ?」
結論を出せなくて、話をそらそうとしてしまう。
「勇者ダン」
「……なんだ」
「私と、イチャイチャしませんか?」
「きゅ、急に何言ってるんだ?」
「……」
今思えば、これが最終確認だったのかもしれない。
それなのにオレは、いつも通り、【普通】にイーリスに接することに重きを置いて、再び答えを間違えた。
「……そうですか」
それだけ言って、イーリスは身体を浮かせる。
カウンターよりも、オレの目線よりも高い位置に浮いてから、身体を光らせた。
あまりの眩しさに片手で目を覆うと、次にイーリスを視認できたときには、受付嬢の姿ではなくなっていた。
背中から、左右六本の翼を広げ、白いドレスに身を纏った女神がそこにいた。
足には何も履いておらず、長いドレスの下から生足が見えている。神聖さを感じさせるドレスには金の刺繍が魔法回路として組み込まれており、あれ自体にも強力な魔力が込められていることが見てとれた。
頭の上には、王冠の形をした金色の天使の輪っかだ。あいつが天使たちの頂点である証、その王冠が顕現していた。
そして、オレの目を見ながら、杖まで顕現させる。先端に光の粒が五つ、くるくると回転している不思議な杖、その杖をオレに向けてきた。
全部が、あいつが、本気を出すときにだけ使う、とっておきの姿であった。
「い……」
イーリス、彼女の名前を呼ぼうとした。これから何をする気なのか、わかってしまったから。
でも、オレが彼女の名前を呼び終わる前に、告げられる。
「勇者ダン、あなたを殺します」
オレはどこで間違えてしまったのだろう。
「ま――」
待ってくれ、そう言おうと口を開いたときには、イーリスの周囲に4つの魔法陣が顕現していた。
そして、その魔法陣からロビーに置いてあったソファが顔を出し、次の瞬間には高速で射出された。
咄嗟に2つを避け、残りの2つを両腕で弾き飛ばす。
ガシャーン! ソファが窓ガラスに激突し、後ろから崩れ落ちる音が聞こえてくる。
「イーリス……やめてくれ、オレはおまえと戦いたくない」
「私はあなたを殺します」
今更懇願しても、彼女は止まってくれない。
転移魔法陣をさらに6個、合計10の魔法陣がオレを捉える。そして、目にも止まらぬ速さで会社内のデスクや椅子などが射出され始めた。
「イーリス! やめてくれ!」
その場を動かず、それらを全て弾いていく。
「……」
「イーリス!!」
「……」
呼びかけても、彼女はいつもの無表情で何も語ってくれなかった。
次第に、射出される物体に魔力が込められるようになり、いなすことが難しくなる。少しずつ、じりじりと後退させられる。
オレは、焦りが募る中、必死に何を伝えればいいか考えていた。