「イーリス! 謝るから! やめてくれ!」
「……何を謝ると言うのですか?」
やっと口を開いてくれたときには、オレはビルの外にまで追いやられていた。道路の真ん中くらいに立って、本社ビルからゆっくりと浮遊しながら出てくるイーリスのことを見つめる。
周りには誰もいない。オレと彼女の二人だけだ。
「えっと……おまえに! 失礼な態度をとったことを謝る!」
「……そんなセリフは求めていません」
イーリスがまた杖をオレに向けて構えた。
魔法陣が回転し始め、次の射出速度がさらに上がることを想像させる。
「くっ! 身体強化! ガントレットブースト!」
オレは何度目かの異世界転生で取得したスキルを使う。白金のガントレットが両腕に装着されて身体に力がみなぎった。
魔法陣から車が姿を現し、オレに向けて射出される。
「くそ! なんでこんな!」
悪態をつきながら、止めどなく飛んでくる車を次々と弾いた。オレに殴られた車は左右に弾け飛び、建物の中にめり込んでいく。
徐々に土煙が大きくなり、これでは押しきれないとイーリスは判断したのか、一旦、車の射出を停止させた。
それから、展開していた10の魔法陣が2箇所に集まり出し、大きな2つの魔法陣が形成される。
「殺します」
また、彼女の口から殺意を向けられた。心がズキりと痛む。
魔法陣からガソリンタンクを積んだタンクローリーが現れ、2台の巨大なタンクローリーがオレに向けて高速で突っ込んできた。
「くそ! これ以上町に被害を出させるわけには!」
あれがこんなところで爆発したらひどいことになる。
だから、思い切り、そいつらを上空に殴りあげた。右手で一台目を左手で二台目をアッパーで上空に殴り飛ばす。
ビルよりも高く殴り上げられたトラックが火花を散らしているのが見えた。
「結界術式! 六芒星の陣!」
オレの詠唱に応えて、六芒星の魔法陣がトラックを囲み込む。
ズガーン!! 爆発。ガソリンタンクに引火した火花が広がり、爆音を鳴らす。結界によって周囲への被害は防げたが、トラックはバラバラだ。あんなの、人が近くにいたら死人が出ていたはずだ。
「イーリス! こんな! オレに言いたいことがあるなら! オレにだけぶつけてくれ! 町に被害を出すようなことをしないでくれ!」
「どの口が……私にはそんなこと、関係ありません。私は、私の全力をあなたにぶつけると決めたのです」
「イーリス!!」
必死に声をかけるが、彼女は止まってくれない。
イーリスの転移魔法陣は、オレが目を離している間にさらに大きくなっていた。今は1つしかない。でも、その大きさはさっきとは比べ物にならなくて、すぐ後ろにいるイーリスの身体を覆い隠すくらいにまで成長していた。
「殺します」
転移魔法から建物が姿を現す。あれは、ビルの屋上か?
疑問に思う間も無く、高層ビルが射出された。魔力でコーティングされている。受けたらオレでもダメージをもらうだろう。そう思って咄嗟に避けた。
避けた先で射出されたビルが別のビルにぶち当たり、崩落を招く。秋葉原の電気街にある巨大なビルがガラガラと音を立てて崩れていった。
ズズン!! 鈍い音がして、建物の崩落が終わる。オレの背後で、とてつもない土煙が舞い上がっていることを確認した。
「イーリス! オレは……オレだって! おまえのこと、気になってたことあったんだ!」
「……」
ずっと隠してきた気持ちだ。誰にも言わず、しまい込んでいた言葉。
だけど、彼女を止めるには素直に言葉を紡がないと、そう思って、恥を捨てて叫んだ。
「オレだって! おまえみたいな美人にはじめて転生させられて! 一緒に旅をして! 何度もドギマギしてた! ほら! おまえ距離感おかしいから!」
「それが何だと言うんですか?」
イーリスが杖を構えるのをやめ、下におろす。
「え? だ、だから! なんていうか! き、綺麗なやつだなって! す! すすす、好きになっちゃったりとか! しちゃうかもって思ったこともあった!」
「……それで?」
「でも! 何度も『勘違いするな』って言ってきたじゃないか! だから諦めて! 普通に魔王を倒すことに集中したんだ! てか! 何年、おまえと一緒にいると思ってんだ! もう10年以上になるんだぞ! 今更、結婚とかそんな!」
「だから、私の求婚を断ったと? たった10年がなんだというんですか?」
「え? いや……そういうわけでは……」
そうか、イーリスにとっての10年なんて、ほんの少しのことで……
「殺す」
また、杖を構えられた。
オレの上空に魔法陣が、そしてすぐにビル群が現れた。落下してくる。
これ以上はダメだ。被害を増やせない。
「結界術式! 抱擁の羽衣!」
透明な羽衣が現れて、迫り来る三つのビルをひとまとめにする。
「重力魔法! グラビオス!」
落下速度を低下させた。
「よし!ばっちこい!」
両手を上げて、ビルを受け止める。
バキバキバキバキ!! しかし、地面がその重量に耐えれずに崩落の予兆を示す。
「大地の精霊よ! 我が立つ大地に祝福を!」
精霊の力を借りて、崩落を止める。そして、オレはゆっくりとビル群を地面に着地させた。
「何をしているのですか? 勇者ダン。バラバラに砕いてしまえばいいではないですか」
イーリスが少し近づいてきて、声をかけてきた。
「あなたならそんなビル、跡形もなく消し去ることだってできるはずです」
「そんなことしたら、町が壊滅するだろ」
「今更何を、私は町が壊滅しようとも、あなたを殺すまで止まりません。止めたければ、私を殺しなさい」
「オレがおまえを殺す? なんの冗談だ?」
「……なら……いえ……もう結構です」
彼女がまた、上空に上がっていってしまう。
オレは、決断しなければならないのか……
オレは、腐っても勇者だから……