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第16話 女神を止めるには

 イーリスが上空に上がってから、止めどないビルの雨が降ることになった。


 あまりの数に捌ききれなくなって、結局、イーリスが言う通り、バラバラに砕いて対応することになる。


 数分間もそれを続ければ、もう、町はすっかり姿を変えてしまっていた。周囲500メートルが円形の盆地になり、秋葉原駅は無くなっていた。隕石が落ちたような、そんな光景に様変わりしてしまったのだ。


 これ以上、あいつを暴走させ続けるわけにはいかない。


 終わらせるとしたら……オレがやるしかない……


「お願いだ、イーリス……やめてくれ……これ以上やるなら……オレは勇者として、おまえを止めないといけない……」


 あいつは、また地上の近くまで降りてきていた。オレと向かい合い、オレの言葉を待っているように見える。


「やっと私を殺す気になりましたか?」


「……来い。聖剣クラウ・ソラス」


 右手を構えると、そこに光が集まってきて、剣の形に変わっていく。ズシリと重い鉄の塊がオレの右手の中に顕現した。イーリスとベルクラフトを旅するときに使っていた聖剣だ。


「やっと本気ですか? 随分と決心が遅かったですね」


「……」


 殺したくない、戦いたくない。ずっとそう思っていた。でも、イーリスを止めるにはこうするしかないと、嫌というほどわかってしまった。


 イーリスを止めるために、嘘でも「おまえの結婚を受ける」なんて、誠実じゃないセリフは吐けなかった。


「オレはおまえと戦いたくない……」


「私はあなたを殺したいです」


 イーリスが再度、杖を構える。


「……覚悟はいいな?」


「最初からそう言っています」


 魔法陣から射出されるビル群。オレはそれらを叩き切った。バターでも切るように綺麗な断面を見せて、オレの後方に吹き飛んでいく。


 オレはゆっくりとイーリスに近づいた。


「っ!?」


 無防備に近づいてくるオレに恐怖を覚えたのか、上空に逃げようとするイーリス。その間にも何棟ものビルを射出してくるが、オレは平然と叩き切っていった。歩く歩幅は変わらない。


 斜め上空から射出されたビルを斬り裂き、それが地面に突き刺さる。瓦礫を足場にし、重い脚に力を込めて、駆け出した。空に浮かんでいるイーリスめがけて。


 こんなに脚が重たいのははじめてだ。走りたくない。走った先にはあいつがいる。なんでオレはあいつと戦っているんだ。


 だけど、そんな思いも虚しく、オレの勇者の力は身体を前進させた。


 斬られたビルの側面を高速移動し、屋上を思い切り蹴って跳躍する。


 あっという間に、あいつの顔が目の前まで迫ってきてしまった。


 それなのに、覚悟はまだ、決まっていない。


「……やりなさい、勇者ダン」


 接敵されて、諦めたようなことを言うイーリス。


「くっ!!」


 剣を振り下ろす。あいつの、身体に向けて。


「……愛しています」


 イーリスの身体に刃が触れる瞬間、たしかにそう言われた。


「オレだって!」


 一閃。剣の軌道を変え、イーリスの背中にある翼を叩き斬る。背中の美しい翼を三本、縦に斬り裂いた。


「オレだって好きだったんだ!」


 さらに三本、左側も叩き斬った。


 翼を失い、空から地面に落ちていくイーリス。


 オレは、そんな彼女の肩を抱き、地面に着地した。


 その体制のまま、剣を彼女の顔に向けて構える。


「でも、私はもう、あなたを殺すことでしか、思いを遂げれない」


「っ!? ごめん!」


 謝ってから、オレは彼女の王冠めがけて聖剣を突き刺した。


 これしか、こいつの暴走を止める方法はないと思ったんだ。


 イーリスの天使の輪っかが、パラパラと崩れて、光の粒になり消えていく。


「私の、負け、ですね。殺しなさい」


「……いやだ」


「では、私はまた、あなたを殺すために行動するまでです」

「そんなの、おまえにはもう無理だ……わかっているだろう? おまえはもう……女神じゃない……」


「どういう意味ですか?」


「聖剣で……翼と王冠を斬った……封印したんだ……女神の力を……ごめん……」


「……なぜ、謝るのですか?」


「だって……おまえをこんなに傷つけて……」


 崩壊して、盆地になった町の中心で、イーリスの肩を抱き、ボロボロになった彼女のことを見る。外傷はないが、翼も王冠も無くなってしまい、服もオレの斬撃の影響でビリビリに破れてしまっていた。


「私は別に傷ついていません」


「でも……オレはおまえの翼と! 王冠も!」


「それにしても、そうですか。私はもう女神じゃないんですね。手間が省けました」


「……手間が省けた?」


 沈んでいるオレに対して、飄々としているイーリスに違和感を覚えて、顔を見た。


 いつもの無表情だ。いつもの。


 彼女からは、もう、殺意や怒りのような感情は感じられなかった。

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