翼と王冠を失ったイーリスが、オレの腕の中でキョトンとした顔を見せていた。さっきまでの凄まじい殺気はすっかり無くなっていて、落ち着いているように見える。
「イーリス? 正気に戻ったのか?」
「はい? 私はずっと正気でした。何を言っているのですか?」
「え? でも、『オレを殺す』だとか、『私を殺せ』だとか、狂ったようなこと言ってたじゃないか」
「それは、どっちでもよかったからです」
「はい?」
「勇者ダンを殺して、無理やり転生させて、ベルクラフトでイチャラブしようと画策したんです」
突然の気の抜けるような発言に、一気に緊張感が霧散していく。
「……何言ってるんだ? おまえ?」
「だって、あなたは言いましたよね? 人間と女神が結婚するのは種族が違うから【普通】じゃない、と。なので、前例があるベルクラフトに転生させてやろうと思ったんです。あっちでは、種族が違う者同士の結婚は【普通】です。あなたは普通が大好きですもんね?」
「え? いや……」
こいつが何を言ってるのか、よくわからなかった。
ふ、普通? なんのことだ?
「もしくは、私があなたに殺されれば、女神の力が失われて、普通の人間に転生することになっていました。そうすれば、人間同士の結婚になるので、それも普通です。どうですか?」
「ど、どうとは?」
「私は今、女神じゃないんですよね?」
「あ、ああ……」
「私のこと気になってたんですよね?」
「ま、まぁ……」
「あのときは、『勘違いするな』なんて言ってごめんなさい。勘違いじゃないです。私はあなたを愛しています。好きです」
「……でも……オレはおまえをこんな目に合わせたダメなやつで……」
「はぁ……そんな風に思ってません。あなたは私の策略にまんまとハマっただけです。翼も王冠も魔力体なので痛くなんてありません。もう一度言います。私はあなたが好きで、そのために作戦を立てたんです。私は、あなたとの【一回目の転生で、あなたを気になって】【二回目の転生で、あなたに恋をしたかもって気づきました】そして、【三回目の転生でこれが恋だと実感して】【四回目では、あなたに夢中でした】
だから、五回目の転生で、あなたと結婚しようと、あなたを私に惚れさせようと思ったんです」
「……」
「どうですか? 健気な少女ですね?」
いつもの天然顔で、いつかと同じセリフを首を傾げながらイーリスが呟く。
「はは……自分で言ったら台無しだ……」
「そうなんですか? とにかく、五回目の転生は必要なくなりました。だって、私は【普通】の人間になったのだから。勇者ダン」
「はい……」
「普通の人間の私と、普通に恋をして、普通に結婚してくれませんか?」
「……い、いきなり結婚とかは……」
「もう、じれったい人ですね」
「え?」
イーリスが顎を上にあげ、目をつむった。何かを求めるように。
「な、なにしてんの?」
「キス待ちです。成瀬さんが、『イーリスちゃんは美人だからキス待ちしてたら勇者ダンは落ちる』って言ってました」
「……」
だから、『そういうこと言ったら台無しだろ』そんなツッコミも思いつかなくなるほど、こいつのことが愛おしくなっていた。
「早くしてください」
「イーリス」
「はい、なんですか?」
まぶたを開けたイーリスと目が合う。
「オレもおまえが好きだ」
オレたちは、変わり果てた景色の中、普通の人間として、唇を重ね合った。