イーリスとの戦いのあと、オレは体力を使い切ったイーリスをお姫様抱っこして、自分たちのマンションまで戻ってきた。イーリスの部屋の前に立って、彼女を下ろそうとする。
「はいどうぞ。自分の部屋に帰ってください」
関係が変わってしまったこいつと密着しているのが気まずくなって、今更ながら素っ気ない態度を取ってしまう。
「この玄関を破壊された部屋にですか?」
腕の中で抗議の台詞を述べるイーリス。ドアノブを見た後、オレのことをじっと見上げてきた。
たしかに、イーリスの部屋の玄関は破壊されていた。かくいうオレが壊したからだ。
「……」
「普通の人間になって自衛能力がないので、鍵がかからない部屋に入るのは嫌です。あ、怖いです」
「なにその思いついたような恐怖」
「すごく怖いので、あなたの部屋に泊めてください」
「……まぁ、いいけど……」
オレはしぶしぶ、鍵を取り出して自室の中に入った。
少ししゃがんで、イーリスを下ろそうとするが、こいつは足を地面につけようとせず、オレの首に両腕を絡めたまま見つめ続けていた。
「あの? イーリスさん?」
「二人っきりですね?」
「……」
「キスしてください。キスしたいです」
「いや……しかしだな……」
「私は勇者ダンの彼女です。キスを所望します」
「か、彼女……」
そう言われて、改めてこいつとの関係が変わったことを実感する。だから、観念して要望に応えることにした
「わ、わかった……」
そっと、腕の中のイーリスにキスをする。
「……ペロ」
「イーリスさん!?」
唇を舐められて、あわてて顔を離した。心臓がバクバク言っている。
な、何をしてるんだ!? こいつ!
「成瀬さんが『彼女になれたら舌を入れろ』と言ってました」
「な、なんという恐ろしいことを……ちょ、ちょっと一旦落ち着こうか?」
「私は落ち着いていますが?」
不思議そうに首を傾げるイーリスをリビングまで連れて行き、ベッドに座らせた。
「とりあえず、オレとおまえは付き合うことになった。それは納得してる。嬉しいです。よろしくお願いします」
イーリスの正面に正座して頭を下げる。
「こちらこそよろしくお願いします」
イーリスも挨拶を返してくれたが、オレをじっと見つめて動かなかった。
「でも、彼女だとか、そういう話の前に、聞きたいことがある」
「はい、なんでしょう」
「なんで、どこに行っても人がいないんだ?」
「ああ、それは私が転移させたからです。東京中の人間を」
「やっぱりか……東京中、だって?」
「はい。首都を滅ぼす覚悟で戦いに挑んだので、適当に周囲の生物は、周辺都市に転移させました」
「な、なるほど……で、イーリスさん」
「はい」
「その人たちを元の位置に戻すことはできるんだよね? それに、あのボコボコに破壊した秋葉原は元に戻せるんだよね?」
「いいえ? だって、私はもう普通の人間ですから」
「……マジかよ」
「マジです」
「なんてやつだ……破壊神め」
「破壊神? 私は元女神の人間です。何を言っているのですか?」
また首を傾げられてしまった。こいつ……
少しイラっとしたが、でも、こいつが彼女だと思うと、なんだかなんでも許せるような気分になってしまう。首を傾げる天然な仕草までも、可愛いとさえ思ってしまっていた。
いや、ずっと前から可愛いって思っていたんだ。意識しないように蓋をしていただけで。
「もういいですか? 勇者ダン」
「……へい、なんでしょう」
「キスしてください」
ベッドの上に座ったイーリスが腕を広げてきた。
抱きしめて、キスして欲しいようだ……
「う、うん……」
それを見て、中腰になって彼女に近づく。おずおずと肩に両手を乗せてから、もう一度キスをした。
すると、イーリスが腕を背中に回してきて、抱きしめられてしまった。オレも同じようにしてみる。華奢で柔らかい女の子だ。
しばらく軽く唇を合わせていると、またこいつの方から唇を舐めてきたので、覚悟を決めて仕返ししてやることにした。
仕返し成功だ。そう思っていると、だんだんイーリスのキスが激しくなっていってるように感じる。
そして、そのまま強い力でベッドに引き寄せられた。オレが彼女のことを押し倒すような形になる。
「ぷはっ!? ちょ! ちょっと落ち着こうか! イーリスさん!」
「子作りしませんか?」
「……は?」
「子作り、興味あります。普通の人間なので」
とんでもないことを言ってくるイーリス。目をパチクリしても離してくれないし、よく見ると、ほんのり頬が染まっていた。
無表情なこいつが、感情を顔に出している姿は、どこか、かなりグッとくるものがあった。頭が沸騰しそうになる。
「普通は付き合ったその日にそんなことしません!」
頭を振ってから誘惑に打ち勝ち、立ち上がる。
「そうなんですか? 普通って難しいですね」
また首を傾げているイーリス。その様子がおかしくってオレは笑い出してしまった。
こうして、オレに人生ではじめての彼女ができたのだった。
相手は、元女神で、天然で、何度も何年も旅を共にした相棒だ。そんな彼女とオレは恋人になれたのだ。
今はまだ、こそばゆいし、たどたどしいけど、この関係が良いものに変わっていけばいいなって思いながら、イーリスとの時間を噛み締めることにした。