昨日のオレとイーリスとの戦いは、大事件として世界中でニュースとなった。
記事のタイトルは、 【転移事件発生? 神隠しか!?】【隕石の衝突が起こるも観測はされず! 宇宙人の侵略ついに始まる!?】なんていうハテナ混じりの物ばかりであった。
それはそうだ。何千万人という東京都民が一瞬にして県外に転送されたかと思いきや、数分後には秋葉原が壊滅したのだ。ニュースにならないわけがない。だけど、原因がなにもわからないということで、心霊現象みたいな扱いとなって全世界で議論が盛んに行われているのである。
ちなみに、イーリスによって転移された人間は全員無事で、死傷者はなし。しかし、壊滅した秋葉原の復興は数年かかるだろうという状態である。
マジで申し訳ないが、今のオレたちにはどうにもできないので、心の中で何度も謝っておいた。
それからオレたちは、今後について話し合った。
イーリスから『今の仕事は、勇者ダンには向いてないと思います』と言われ、渋っていたら『勇者ダンが虐げられているのを見ると、私も辛いです』としおらしいことを言われ、すんなりオレが折れることになる。
単純だって? いいじゃないか。はじめての彼女なんだもの。
そして、転職先について悩んでいたら、『成瀬さんが紹介してくれるって言ってます』なんていう提案を受けることになる。
イーリス曰く、受付嬢仲間の成瀬さんの実家が京都の大手飲食店で、そこに席を用意してくれると言ってくれているらしい。成瀬さんも、オレが上司様にパワハラを受けていたのを気にしてくれたようだ。
正直、オレ自身はノーダメージだったのだが、でもまぁ、せっかくの二人の申し出だし、それを受け入れることにした。
そして、数日後、オレたちは京都へ向けて旅立つために、東京駅のホームで新幹線が来るのを待っていた。
「新天地に赴くのは緊張しますね」
「イーリスでも緊張とかするんだ」
「何でそんなこと言うんですか、天城さん! イーリスちゃんがかわいそう!」
「え? えっと……すみません……」
軽口のつもりだったのだが、成瀬さんがオレを睨んでイーリスのことを抱きしめる。
「成瀬さん、私はかわいそうじゃありません。私は、勇者ダンの恋人になれて幸せです」
「なんて健気な子なの! こんなに健気で可愛いのに! 天城さんはもっと優しくすべきです!」
「はい……反省します……」
成瀬さんに怒られている間に新幹線が到着する。みんなで乗り込んで、三人並んで座った。窓際から、成瀬さん、イーリス、オレの順番だ。
なぜ成瀬さんが同行しているかというと、『私も実家に帰って家業を継ぐから!』だそうだ。元々、東京で働いていたのは社会勉強のためだったらしく、今回の大災害をきっかけに京都に戻ることにしたとのことだ。
「それにしても、あの転移事件ってなんだったんだろーねー? 私、家にいたのに気づいたら横浜にいて、ビックリしたよー」
「そうなんですか。それはすみませんでした」
「なんでイーリスちゃんが謝るの?」
「それは――」
「あー! イーリス! お弁当食べるか!? どれにする!?」
イーリスのやつが、『私が転移させたからです』そう言い出しそうになっていたので、肩を揺すって言葉を遮る。事前に購入しておいたお弁当を三種類、机の上に並べ選んでもらうことにした。
「天城さんのおごりですかー?」
「もちろん。成瀬さんにはお世話になってますし」
「やった♪ ラッキー、いただきます!」
成瀬さんが気に入ったお弁当を一つとって、蓋を開け始めた。うまく誤魔化せたみたいだ。
「イーリス、転移事件のこと、誰にも言うなって言っただろ?」
ボソボソと小声で話す。
「成瀬さんにはいいかと思って、ダメですか?」
「ダメです」
「そうですか。わかりました」
イーリスはいつも通り、こんな調子だ。あれから数日、同じ部屋で暮らしているが、特に変化はない。変化があるとすれば、日に何回か、キスを求めてくることだろう。
……イーリスの唇はそれはもうプルプルで……
「勇者ダン」
「はい! ……なぁに?」
「キスしたいです」
「ぶふっ!?」
成瀬さんが米粒を撒き散らす。
「うわっ、ばっちぃ……」
「イーリスちゃん!? こんな人がたくさんいるところじゃダメよ!」
「ダメですか?」
「そうよ!」
「そうですか。わかりました」
イーリスは本当に面白いやつだ。何を考えてるのかよくわからない。わからないけど、しっかり観察していれば、感情の揺らぎを感じることができる。
それに、オレのことを愛してくれているのは、すごく伝わってきた。
「私、勇者ダンと成瀬さんと旅ができて楽しいです」
ほら、今はすごくご機嫌だ。
こんな可愛い彼女とオレは新天地に向けて移動している。新しい場所では、イーリスともっと仲良くなれるのだろうか。
彼女になってくれたイーリスと、新しい思い出を作れるといいな、そう考えながら、イーリスがお弁当を食べるのを眺めることにした。