東京駅から新幹線に乗ったオレとイーリスと成瀬さんは、二時間ちょっとで京都駅に到着した。
「帰ってきたー! わが故郷!」
新幹線を降りたところで成瀬さんが両手をあげて伸びをする。
「そういえば、ここは成瀬さんの故郷でしたね」
「そうそう! 久しぶりに帰ってきてテンションあがっちゃった♪ まぁ、一年ぶりくらいだけどね?」
「……」
テンションが高い成瀬さんと無表情のイーリス。すごい対極的な二人だった。
「あぁん! イーリスちゃん! もっと私に興味持ってよ!」
「……」
成瀬さんが唐突にイーリスに抱きつき、頬に頬ずりする。イーリスはなおも無表情だ。
「でも! そんなイーリスちゃんも可愛くて好き!」
「ありがとうございます。私も成瀬さんには感謝しています。成瀬さんのおかげで勇者ダンを落とせました」
「落とせたって、おまえ……」
「どういたしまして! 個人的にはイーリスちゃんに相応しい男かは疑問だけど! さぁ、今日は一日空いてるし京都観光しましょ! 案内するわ!」
なんか気になることを言われたけど、まぁ今はいいだろう。
「いやいや、成瀬さん、オレたち不動産屋に鍵もらいに行かないと。夕方には引越しの荷物も届くし」
「えー!」
事前に言っておいたのに不満そうな顔をされてしまう。
「イーリス」
「はい?」
「おまえからも説得して」
「なぜ私が?」
「おまえの言うことなら聞くだろ?」
「そうなんですか? 成瀬さん」
「なぁに! イーリスちゃん!」
「今日は観光しません」
「えー! いやいや! イーリスちゃんと遊びたい!」
「ダメでした。勇者ダン、どうぞ」
「おいおい……」
オレは『イヤイヤ』言い続ける成瀬さんをなだめようと、妥協案を考える。
そうしていると、ふと、成瀬さんの後ろにいる、ある男の様子が気になった。パーカーのフードを深く被り、両手をお腹のポケットに入れ、ふらふらしている。
不自然だ。でも、オレには、その不自然な動きよりも、気になることがあった。
殺気だ。
「……あぁぁ……ああ! あ〝あ〝あ〝ー!!」
突然、パーカーの男が騒ぎ出し、喉をかきむしった。
周囲の人が何事かと驚き、男から距離を取る。
「え? なになに?」
成瀬さんもビクッとして振り返る。なおも男は、顔を上げて叫び続けていた。
「あ〝あ〝あ〝ーー!! ……」
そして、ピタリと叫ぶのをやめた後、お腹のポケットから包丁を取り出した。今度は、「ふひひ……」と口角を上げて笑い出す。
「ちょ……あれ、やばいんじゃ……」
成瀬さんが怯え、一歩下がったとき、男と目があった。
「ひっ……」
「……あ〝あ〝ー! ごろずー!!」
突如、パーカー男が前傾姿勢でこちらに突撃してきた。
「きゃ! きゃ――」
「あ、下手に動かないで」
成瀬さんが悲鳴をあげようとしたところで、オレは肩にポンと手を置いて彼女の前に出る。
「ごろずごろずごろおー!!」
「はい、おつかれ」
突撃してくる男の包丁の刃を上からつまみ、ひょいと取り上げた。それと同時に首を掴み、地面に叩きつける。
「がっ!? ご! ごろず!!」
「んー? まぁ、ねんねしてなよ」
ズビシ! うるさいので、手刀で首を撫でることにした。
「うべっ!? ……」
シーン……男は物言わぬ屍と――いや、気絶した。
「お、おお! あんたやるな!」
「やば! あの人カッコよくない!?」
「すごいすごい! プロかな!」
「なんのプロだよ!」
「ほら! 格闘技とかの!」
ちょっと不審者を取り押さえただけなのに、周囲の人たちが嬉しそうに騒ぎ出してしまった。まぁ、これもよく見る光景なので慣れてしまった感はある。なので、愛想笑いしながらペコペコと頭を下げておいた。
「え? え?」
成瀬さんはビックリして腰が抜けたようだ。へたり込んでオレとパーカー男を交互に見ている。
「天城さん?」
「なにかな?」
「あなた、何者なの?」
「へ? 普通のサラリーマンだけど?」
「ふ、普通?」
ポカン顔の成瀬さんの手をとり、起き上がらせる。
「イーリス、支えてあげて」
「はい、わかりました」
イーリスが成瀬さんの両肩を持つ。それを見てからオレは、走ってくる駅員さんたちに向き直って事情を話すことにした。
不審者を撃退するのは何十回目だろうか、なんなら、何百回目かもしれないな。