「天城さんのこと見直した! もしかしたらイーリスちゃんに相応しい男なのかも! さっきはありがとうございました!」
駅のホームで不審者を取り押さえた後、駅構内のレストランで三人でお昼ご飯を食べていると、成瀬さんがニコニコしながら頭を下げてくれた。
「いやいや、別に大したことしてないし」
「大したことありますよ! だって、あんな簡単に不審者をやっつけちゃうなんて!それに、包丁をパシッて! パシッ! イーリスちゃんも見たよね!?」
成瀬さんがオレの動きを真似ながら、興奮ぎみにイーリスに同意を求める。
「ええ、見てました。勇者ダンはカッコいいです」
「……」
へ、へへ、照れるじゃねぇか、よせやい。
オレは、顔に出さないように喜んだ。ひっそりとだ。うむ。バレてはいないだろう。
その後も成瀬さんの興奮はおさまらず、しばらくオレのことを褒めてくれて、騒がしいまま食事を済ませることとなる。
そして、「京都観光はまた今度ねー!」と手を振る成瀬さんを見送って、オレたちは二人っきりになった。
ということで、予定通り、二人で目的に向けて電車に乗り込む。今度は新幹線じゃなくて、京都市内のローカル線だ。就職先の職場に近い駅で降りて、駅前の不動産屋で賃貸マンションの鍵を受け取り、駅から徒歩十分のマンションまでやってきた。
五階建て、築16年のマンションだ。エレベーターに乗って四階に向かう。部屋の前までやってきた。オレたちの新居は、405号室だ。
「ここが私たちの新しい部屋ですか」
「うん……そうだね……」
『私たちの部屋』そう言われて、これから同棲するんだと改めて意識し、ちょっと緊張する。こうして、正式に二人で一部屋契約したのは初めてだからだ。
「どうかしたんですか?」
オレがなかなか鍵をささないので不思議そうにされてしまった。
「いや、なんでもない」
緊張を押し殺してドアに手をかける。こいつとはこの数週間一緒に暮らしてたし、平気なはずだ。それに、前住んでた家より部屋数も多いし、ちゃんとプライバシーも確保できるはず。うむ。緊張することなど無いはずだ。
なんだか言い訳がましいことを考えながら、二人して部屋の中に入った。
扉の先には、当然だが玄関があって、右手にトイレと洗面所、お風呂があり、左手に一部屋、正面の扉を開けるとリビングという間取りだ。リビングには対面キッチンがあり、左手にもう一部屋、洋室があった。2LDKのカップル向けの間取りを選んだので、なかなか広くて暮らしやすそうである。
「いい部屋だね」
「そうですね」
「じゃあ、オレは玄関の隣の部屋にしようかな」
「そうですか。では、私もそこで寝ます」
「……え? なんで?」
「なんでとは?」
「もう一部屋あるじゃん?」
「そうですね?」
オレの疑問に対して、向こうも疑問で返してくる。二人して首を傾げあった。
「いや、だから、イーリスは向こうの部屋使えばいいじゃん?」
「なんでですか? 私は勇者ダンと一緒に寝たいです」
「……」
透き通ったエメラルドグリーンの目で、真っ直ぐな言葉を投げかけられてしまった。ドキッとする。
反対意見を述べることもできたが、思いとどまる。
「わ、わかった……一緒に寝よう」
「はい」
オレは男の余裕を見せつけてやることにした。寝床を共にするくらい、過去の冒険でだって何度もあったことだ。大丈夫だ。
「ベッドが届いたら、そろそろ子作りしませんか?」
「……」
大丈夫、大丈夫なはずだ……
このあと、引越しの荷物を受け取ったオレたちは、近所のスーパーに行って夕食の食材を調達した。
イーリスは料理スキルが皆無なので、オレが料理担当だ。もぐもぐと無表情に食べるイーリスを眺めながら一緒に食事を取る。たまに「美味しいです」と言ってくれるのでなかなかに癒される。小動物に餌を与えている感覚かもしれない。
そして、新居に越してきたことで心境の変化があったのか、「明日からは一緒に作りたいです」と言ってくれた。
ほ、ほほう……イイ子じゃあないか……
夕食を食べた後、ベッドの位置について相談した。結局、リビング横の部屋を二人の寝室ということにして、ベッドを二台並べて設置することになった。
夜になると、「一緒のベッドで寝ましょう」とか言ってきたが、今日の所は断っておくことにする。自分のベッドに入ったイーリスは、無表情ながら不満げな雰囲気を出していて、眠るまでオレのことをジッと見つめてきた。
なんで手をださないのかだって?
……だって……いきなりそういうのは、なんか違うじゃん?
……いや……うん……ビビってるだけです……すみません……
天城断、異世界転生10数年、33歳になってまだ童貞のオレは、女性との距離の縮め方がよくわかっていないのだ。
まぁ、それは置いといて、翌日の日曜も二人で過ごし、月曜になったら新しい就職先に初出勤だ。京都ではどんなサラリーマン生活が待っているのだろう。
ワクワクするな! 異世界転生なんかもううんざりだ! オレはこれからも普通に生きるのだ!
そんなことを考えながら、オレは今日も自分のベッドで一人、眠りについた。イーリスからの抗議の目はスルーすることにして。