姫ちゃんの着替えシーンに遭遇した数分後、扉にもたれ掛かって待機していたら、室内から凄まじい殺気をぶつけられた。そして、その直後――
ズン!
「おお!?」
刀の先端が扉を突き破って、オレの顔の横に現れる。ジリジリと肩めがけて下がってきたので、両手で白刃取りして、ぼきりと折ってやった。
「え? ああ!? 私の安綱が!?」
「安綱?」
扉を開けると、ウエイトレス姿の姫ちゃんが涙を浮かべて刀を眺めていた。ポッキリと折れた先端を見つめて、今にも泣き出しそうだ。
「大切な刀だったのか?」
「そうよ! このバカ!」
「なら直してやるから貸せよ」
「すぐ直してよね!」
「へいへい……」
オレは金床をアイテムボックスから取り出し、その辺で修理を始める。
姫のやつは、その様子を正面で眺めていた。仁王立ちになって、腕を組み、ゴミを見る目でオレのことを睨みつけてくる。
カーンカーン。折れた刀をSランクの鍛治スキルで直しながら話しかける。
「ところで姫ちゃん」
「姫ちゃん言うな! 姫って呼びなさいよ!」
「それでは、お姫様、どうしてここに?」
「別に姫の勝手でしょ! 早く直してよ! このクソバカ!」
「相変わらずお口が悪い子だね、はいどうぞ」
すっかり元通りになった刀を渡して、金床をアイテムボックスにしまう。
「ふん! 遅いのよ! ノロマ!」
受け取った姫ちゃんは、セリフとは裏腹に嬉しそうだ。しばらく刀を見つめた後、モヤモヤした黒い霧の中にそれをしまった。
「それで、姫さん? なぜあなたがここに? 今は天界にいるはずでは?」
そう、こいつもイーリスと同じ、女神の一人なのだ。イーリスと姫がどれほどの仲なのかは知らないが、オレは姫によって転生させられて、三回ほど魔王退治を共にしている。
こいつと一緒に旅をしたのは、異世界転生20回目と32回目と50……いくつだっか、そのあたりだったと思う。
「姫がどこにいようと姫の勝手でしょ!」
「たしかにそうですね」
すん。イーリスは姫に興味を失ったようで、口を閉じる。
「いやいや、女神がこんなところでバイトって、おかしいだろ、どう考えても」
「うるさいうるさい! 姫は好きなように生きるんだから! 文句言わないでよ!」
「いや、別に文句ってわけじゃ……」
ガチャ。
「おつかれー、あれ? まだ着替えてなかったの? 二人とも」
扉が開き、成瀬さんが戻ってきた。店長との打ち合わせが終わったようだ。
「あ、すみません。顔見知りがいたもんで」
「顔見知り?」
成瀬さんが姫ちゃんのことを見て、ピタリと動きを止める。なんか、ワナワナと震え出した。
「な、なによ?」
成瀬さんの様子がおかしいことに気づいた姫ちゃんが一歩後ずさる。
「か、かかか、かわいい……」
「え? な、なに?」
「すっごい可愛い子がいる!」
成瀬さんが姫ちゃんの前までズンズン歩いて行き、両手を握りしめた。
「ひっ!?」
「私は成瀬夏美! 明日からこの店の店長よ! あなたのお名前は!?」
目をキラキラさせて、姫ちゃんの顔にジリジリと近づく成瀬さん。
「あ、あたしは……ひ、姫よ……」
「姫ちゃんね! よろしく!」
「う、うん……」
突然接近されて驚いたのか、オレに対して言ったように、「姫ちゃん言うな!」とは言わない。
「それでそれで! 姫ちゃんとイーリスちゃんはどんな関係なの!?」
「私ですか? そうですね、私と姫さんは、天界で」
「展開??」
「こいつとは昔! 同じ仕事だったのよ!」
焦った姫ちゃんがすかさずフォローを入れる。
「へー? 同じアルバイトしてたってこと?」
「そんなところよ! あんまり詮索しないでよ! 不快よ!」
「あ! ごめん! ごめんね! 私、姫ちゃんと仲良くなりたくって! き、嫌いにならないでほしいな……」
成瀬さんは、不快と言われ頭が冷えたようだ。静かになって、不安そうに謝罪をする。
「べ、別に、まだ嫌いじゃないわよ……」
「そう! 良かった! 姫ちゃんはホールスタッフなのよね!」
「そ、そうだけど?」
「じゃあ! イーリスちゃんに色々教えてあげて!」
「え? 姫がこいつに?」
「天城さんは厨房ね! 今の店長さんが、次の店に行くまでは教えてくれるって! ほら! 二人とも着替えて着替えて!」
成瀬さんが指を指す方を見ると、更衣室、というプレートが貼ってある扉があった。それを見てから、姫ちゃんのことを見る。『なんでこんな場所で着替えてたん?』の意だ。
「っ!? どこで着替えようと姫の勝手でしょ! バーカ! えっち! 変態!」
「……」
変態ってなんすか……オレには可愛い彼女がいるし、キミに興味なんてありませんよ……
そう思いながら、オレは鞄の中から制服を取り出す。
鞄を漁りながら、実は、さっき見た縞々のことを思い出していたなんてことは、決してない。
「……」
イーリスがなんか見つめてきているが、大丈夫、オレが考えていることまでは読めないはずだ。
「……」
キミはいつまでそんな目でオレを見てくるんだい?