制服に着替え終わったオレとイーリスは、成瀬さんと姫ちゃんに続いて厨房へと入った。
「あんたはホールだから、こっちよ」
「そうなのですか? 私は、勇者ダンと一緒に働きたいです」
「はぁ? ワガママ言ってないでいくわよ」
「あっ……」
半ば強引に姫ちゃんに手を引かれ、イーリスが連れていかれる。『離れたくないです』と言わんばかりに見つめてくるので、嬉しく思いながら『がんばって』と手を振っておいた。
よし、オレはオレの仕事をしよう。キョロキョロしてあたりを伺っていると、オレに気づいた四十歳くらいの男性が手招きしているのでそちらに近づく。
「よろしくお願いします!」
「よろしく〜。キミが天城くんだね?」
「はい! 天城断と申します! 本日から研修で入らせていただきます!」
「僕は今日まで店長の白石だよ。よろしくね。再来週には別のお店に移るから、一週間くらいになるけど、天城くんの教育担当になったから~」
白石さんは、中肉中背で優しそうな細目の男性だった。身長はオレより少し低いので百七十センチくらいだろうか。
「白石さんですね! 自分、飲食店で働くのははじめてですが! 一日でも早く戦力になれるように頑張ります!」
「ははは、真面目だね〜。天城くん、料理経験は?」
「自炊程度でしたら!」
「そっか。ならとりあえず、一番よく出るパスタあたりから作ってみようか~」
「はい! お願いします!」
そして、オレは白石さん指導のもと、調理を始めることになった。白石さんの教え方はのんびりながらも丁寧で、特に問題なく手順を覚えていく。過去の冒険でも仲間たちに料理を振る舞っていた甲斐あって、難しいと思う作業は特にない。
「天城くん、筋がいいね〜。これなら、そんなに教えることなさそうだね〜」
「ありがとうございます!」
「まぁ、ファミレスはメニューが多いから、それを覚えるのが大変なくらいかな〜」
「頑張って覚えます!」
「うん。がんばって〜」
「はい! ……ところでいいですか?」
料理をしながら、さっきから気になっていたことを質問することにした。
「なにかな〜?」
「なんか、随分この厨房暑くないですかね?」
厨房は火を使う場所なので、ある程度暑いのは当然なのだが、異様に暑い気がしていたのだ。
とは言っても、オレはさっきから〈炎熱耐性スキル〉をオンにしているから平気なのだが、白石さん含め他のスタッフは汗をかいている。
「だよね〜……今朝、突然エアコンが壊れちゃって〜」
「そうなんですね?」
「うん。今月に入って、もう三回目だよ。なんだか調子悪くってね~」
「ほう?」
「夕方には修理業者が来ることになってるから、申し訳ないけど我慢してね〜」
「わかりました! 自分は大丈夫です!」
それから、しばらく料理特訓をして、何皿かは実際にお客さんに出してもらうことができた。オレの研修はなかなかに順調そうだ。
「はい。これ、八番テーブルにお願い」
カウンター越しにイーリスにパスタのお皿を渡す。
「わかりました。がんばります」
イーリスは丁寧に両手で受け取り、ホールに出ようとした。そこに、教育担当の姫ちゃんが待ったをかける。
「イーリス! もう二枚くらい持ちなさいよ!」
「でも、危ないです」
「それくらい出来ないならクビよ!」
「クビは困ります。がんばります」
そして、もう二皿、三番テーブルのドリアとステーキを手に取った。なんだか危なっかしい。
「あっ……落ちます」
そして、さっそく片方を落とす。
いや、無表情ながらも、なんとかしようとして、もう片方の手に持っていたパスタまで落としかけていた。
「ちょっと!?」
姫ちゃんは、イーリスの予想外の動きにビックリしているだけだった。フォローはできそうにない。
はいはい、手のかかる彼女ですね。そう思いながら、スキルを使うことにする。
「アクセル……」
ぼそっと呟き、身体速度を強化してからカウンターを飛び越えた。
さささっと、イーリスが落としかけていたステーキとパスタをキャッチし、ついでにイーリスの肩を支えてやる。
「あ……ありがとうございます。勇者ダン。かっこいいです」
「そ、それはどうも……」
至近距離で見つめられながら、『カッコいい』と言われて少し照れる。
イーリスは、女神の力を失ってから、ポンコツみに磨きがかかってるような気がするが、もともとあまり器用な方ではないので仕方ないか。
「とりあえず、いきなり三枚はやめといて、二枚からにしよっか?」
「でも、姫さんにクビにされます」
「姫ちゃん、いいよね? ゆっくり、イーリスのペースで教えてあげてくれるかな?」
「……ふん! しょうがないわね! 姫は優しいから許してあげるわ!」
「ありがとうございます」
「ありがとね」
なんだか、姫ちゃんの回答に間があったような気がしたが、今度はイーリスのペースに合わせながら教えてくれるようになった。
あの二人が上手くやれるか心配だったが、なんとかなりそうで何よりである。