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第26話 転生させる担当範囲

 夕方になり、厨房の壊れたエアコンが業者さんによって修理され、夕食時の忙しい時間帯を乗り切ってから、オレたちの初出勤は終わった。

 夜勤の人たちとバトンタッチして、休憩室に入る。


「おつかれ、イーリス、どうだった?」


「大変でしたけど、なんとかやれそうです。姫さんのおかげで」


「そっかそっか。それは良かった」


 バン! 休憩室の扉が勢いよく開く。


「そうよ! 姫に感謝しなさいよね!」


 休憩室でイーリスとのんびりしていたら、姫ちゃんが突撃してきた。


「姫ちゃんも、もうあがり?」


「姫ちゃん言うな! そうよ! 悪い!?」


「別に悪くないけど、ちょうどいいや、聞きたいこともあったし」


「なによ! 変態!」


 ズンズンと近づいてきて、オレの正面の椅子に腰掛けた。腕と足を組み、実に偉そうである。


「変態って……まぁいいや、なんで姫ちゃんがこっちにいるんだよ? 今は勇者に同行はしてないのか?」


「さっきも言ったでしょ! そんなの姫の勝手でしょ! ばーか!」


「ふーむ?」


 いつもの調子で悪態をついてくるばかりで、なかなか真相を教えてくれない。女神って暇なんだっけ? オレ以外の勇者と魔王討伐の旅をしたりはしないのだろうか?


 姫ちゃんが教えてくれないなら、イーリスに聞いてみようと、彼女の方を見る。


 しかし、姫ちゃんの隣に座るイーリスはボーっとしながら斜め上を向いていた。初出勤で疲れているのか、それとも夕食のことでも考えているのか、どちらにしろ頭は働いてなさそうな顔をしている。


 イーリスには頼れなさそうなので、姫ちゃんに向き直って、別方向の攻め方をしてみることにした。オレは、わかりやすく凹んだ表情を作る。


「まぁ、教えたくないならいいけどさ……なんだか寂しいな……」


「な、なによ急に……そんな顔して……」


「だって、姫ちゃんとは何度も旅をした仲間だから、事情があるなら話して欲しかったからさ……」


 チラッ。


「……なによそれ、姫が悪者みたいじゃない……」


 ふむ、効いているようだ。ここは泣き落としでいけそうな雰囲気である。


「それに、姫ちゃんが心配だから……なにか目的があって地上にきているなら、教えて欲しい……協力したいんだ……」


「……この!! なら!! あんた、今すぐ死になさいよ!!」


 姫ちゃんが立ち上がって、突如大きな声を出した。さっきまでイケそうな雰囲気だったのに、今はもうブチ切れ寸前である。


 それに、斜め上すぎる発言で、こちらも動揺してしまう。


「はい? し、死ね? どういうこと?」


「何度も何度も! 姫はあんたを転生させようとしたのに! 何度も何度も拒絶して! 姫のこと嫌いなの!?」


 勢いに身を任せ、めちゃくちゃキレ出した。目に涙を溜めて、拳をつくって地団太を踏んでいる。


「なんのこと!? 落ち着いて、姫ちゃん!」


「姫はあんたが誰かに殺されないと! 転生させれないのに! バカバカ! 何度も殺そうとしたのに! 一昨日だって!」


「……ん?」


 女神には、異世界転生をさせる方法に違いがある。イーリスは転移魔法陣を使うし、他の女神には毎回トラックで轢き殺すなんてやつもいる。


 そして、たしか姫ちゃんは、他人に悪意をもって殺された人物を担当していたはずだ……つまり……


「ねぇ……姫ちゃん?」


「なによ!」


「もしかして、ちょいちょい殺人鬼がオレを襲いにくるのって?」


「そうよ! 姫の刺客よ!」


「な!? おま!? おまえ! おまえだったのか! 前の仕事のときも、ひどい時は週三くらいで襲われたんだぞ! オレは普通にサラリーマンしてたいってのに! 仕事の邪魔なんだよ!」


 不幸続きの原因が分って、オレも立ち上がった。このクソガキをわからせてやらねば。


「うるさいうるさい! バカバカ!」


「バカはおめーだ! クソガキ!」


「ガキ!? レディのことガキって言ったわね! 殺す!」


「あの、勇者ダン、姫さん」


「なによ!」


「なんだよ!」


「成瀬さんが聞いています」


「え?」


 イーリスに指摘され、ドアの方を見ると、成瀬さんがこちらを見てドン引きしていた。


「え? あの? 一昨日のって? あの駅での? 姫ちゃんが? 刺客って?」


 全部聞かれていたようだ。これは面倒なことになった。どうしよう……


「っ!? かしこみかしこみ! かの者の記憶を抹消せん! 忘却の陣!」


「へ?」


 姫ちゃんが片手で印を描くと、成瀬さんの頭上に忘却の魔法陣が現れる。しかし、


「あ! やば!」


 姫ちゃんも気づいたようだ。あの魔法陣だと、成瀬さんの記憶が全部吹っ飛ぶ。


「それだと強すぎる!」


 オレは咄嗟に右手をかざし、その陣を書き換えた。魔法陣が成瀬さんの頭に吸い込まれる。


「わわ!? ……ぽへ〜?」


 成瀬さんが気の抜けた声を出し、虚な目になった。魔法陣の書き換えはギリギリ間に合ったので、ここ5分の記憶が飛んだだけで済んだはずだ。


「イーリス、頼む」


「はい。こっちですよ。成瀬さん」


「イーリスちゃん? ほへ〜……」


 イーリスに肩を掴まれた成瀬さんがふらふらしながら、更衣室に連行されていった。


 きまずそうにしている姫ちゃんと二人きりになる。自分がおかそうとした失敗に気づいているようだ。


「おまえ、今の陣はまずいだろ。記憶全部、吹き飛ばす気か? 悪くしたら廃人になる威力だったぞ?」


「……」


「……オレも悪かった。姫ちゃんのことをガキとか言って。久しぶりに会ったから、前みたいに接していいって勘違いしたんだ。オレはおまえのこと嫌いなんかじゃない。むしろ好きだ。それはわかってくれてるだろ?」


「好き……うん………」


「だから、ごめん。でも、普通の人間にあんなことしたらだめだ」


「うん……ごめんなさい……」


「わかればいい。仲直りだな?」


「うん……」


 その日は、これ以上話すのも難しそうだったので、後日改めて話そうということになって解散した。


 成瀬さんは忘却の陣のせいでしばらくアホの子になっていたので、付き添って回復するまで待ってから見送ることにする。


 オレとイーリスは、成瀬さんを駅で見送ってから、二人の家に帰ることにした。

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