ファミレスでの研修二日目、午前中に出勤すると、元店長の白石さんが強盗に襲われていた。
首を羽交締めにされ、ナイフを突きつけられている。犯人はナイフを振り回しながらレジ係に「金を出せ!」と叫んでいた。レジ係は姫ちゃんだ。
オレとイーリスは、その様子を窓ガラス越しに確認する。
「なんなんだ一体……」
「どうしますか?」
「そりゃあ、サクッと捕まえるよ」
すぐに裏口に周り、中に入る。腰を低くしてレジの方に向かうと犯人よりも大きな声を出しているやつがいた。
「さっさと離しなさいよ! このクズ!」
「黙れ! こいつを殺されたくなかったら金を出せ!」
「ひぃぃ……姫さん、もういいからお金出して……」
「店長なんだから、強盗になんて屈するんじゃないわよ!」
「そんなぁ〜……」
姫ちゃんは今日も絶好調のようだ。
白石さんは泣いていた。かわいそうに。
オレは近くの物陰まで忍び寄る。犯人の背中側、姫ちゃんは正面にいて、オレと目が合った。
『うん、いつでもいけるよ、どうぞ』とアイコンタクトをすると、こくりと姫ちゃんが頷いた。
「あんた! こんなチンケなファミレスで強盗なんてバカじゃないの! やるなら銀行くらい襲ってみなさいよ! チキン!」
「なんだと! このクソガキがー!」
強盗がキレながらナイフを振り上げる。
そこに姫ちゃんが駆け出した。そして、その勢いのまま、思い切り右足を蹴り上げる。短いスカートが捲れあがり、見事な縞パンが、いや違う。見事な一撃が蹴り出された。
「うがっ!?」
顎を蹴り上げられた強盗は、ふらつき、ナイフを落とす。
オレがそれをキャッチして、イーリスに放り投げた。パシッとイーリスがキャッチして数歩後ろに下がる。
それからオレは、強盗の腕から解放された白石さんの肩を支えて、素早く安全なところまで退避させる。
「ご、ごの……ガキ……」
「もういいだろ? お疲れさん」
ビシッ。
「うっ!?」
もう一度、ふらついている強盗に近づいて手刀で首を撫でた。気絶して倒れる強盗を支えて、そっと地面に横たえる。
「お疲れ、姫ちゃん」
「姫ちゃん言うな! それに遅いのよ、あんたたち! 遅刻よ! クビにするわよ!」
「遅刻してないし、姫ちゃんにそんな権限ないでしょ。それとパンツ見えてたよ。その服で蹴りはやめた方がいいんじゃない?」
「な!? なに見てんのよ! 変態変態!!」
「おはよーございまーす♪ 今日も頑張ろーね! イーリスちゃん! ……あれ? なにこれ?」
強盗騒ぎがひと段落したタイミングで、元気いっぱいの成瀬さんが出社してきて、気の抜けた発言をする。
それを見て、怯えていたお客さんたちも少し微笑んで、ほっとした表情を見せていた。
「つ、通報しないと……」
白石さんが震えながらスマホを操作していると、電話をかける前に警察がやってきた。どうやら、お客さんが通報してくれていたらしい。
犯人を引き渡し、警察に事情を説明する。なんか、数日前にも似たようなことをした気がする。チラリと姫ちゃんのことを見ると、首を振っていた。『あいつは姫の刺客じゃないわ』ということらしい。
『まぁ、それならイイんですけどね』と思いながら事後処理を行い、午後からは通常通り営業することになった。
「さっきは本当にありがとうね〜」
厨房にて、料理を教えてもらいながら、白石さんにお礼を言われる。
「いえいえ、全然。倒したのは姫ちゃんですし」
「いやいや〜、天城くんもすごかったよ~。ビシッて、手刀っていうの? ビシってさ。なにか格闘技でもやってるの?」
白石さんがオレの動きを真似するように手刀を繰り出していた。
「ははは……まぁ、少しだけ……」
「それにしても、姫さんは女の子なのにすごいよね〜。普通、強盗なんか来たら震えて何もできなくなっちゃうんじゃないかな〜」
「ですよね〜」
料理しながらのんびりと会話していると、
「あれ?」
ガガガガ、となにか機械が軋むような音が天井から聞こえてくる。そして、プスン、とエアコンが停止した。
「あれ〜? 昨日、直したばっかなのに……」
「ですよね。もう寿命なんですかね?」
「う〜ん……でも、新品にしてからまだ一年くらいしか経ってないよ?」
「そうなんですね?」
「なんだか……さっきのことと言い、【不運】が続くなぁ……」
「不運……やっぱり、姫のせいで……」
「ん?」
白石さんの呟きに誰かが反応した。料理を出すカウンターの方を見ると、姫ちゃんが暗い顔をして、下を向いている。
はぁ、またあの子は変に気を使って……よくない癖だって何回も言ったのにな。
「……白石さん、もし良かったらオレが直しましょうか?」
「え? 天城くん、エアコン直せるの?」
「たぶん直せますよ」
「ほんとかい? なら是非頼むよ!」
「了解です。お任せあれ」
ま、エアコンの知識なんてないけど、魔道具修復スキルはSランクまで取ってるし、多分直せるだろ。そう思いながら、脚立をとりに休憩室に向かう。そのついでに姫ちゃんの横を通った。
「……姫……やっぱり、迷惑だよね……人の近くにいたら……」
独り言のような呟きだった。
でも、その言葉は、否定して欲しいものだって、すぐに分かる。
「そんなわけないだろ。いつもみたいにオレに任せておけって」
「……うん……お願い……」
「任せろ! こんなん【不運】でもなんでもない! だから! 姫ちゃんは笑ってればいい!」
「……うん……」
顔を上げて、微笑んでくれたのを確認してから、オレは脚立をとりにいった。