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第28話 凶を司るということ

 姫のせいで変なやつがファミレスに強盗にきて、姫のせいで空調が何回も壊れて、そんなことがまた続いちゃって、私はすごく暗い気持ちになっていた。


 だけど、そんな私のことをあいつはいつも放ってはおかない。今日もまた、笑顔で声をかけてくれた。

 『こんなの不運でもなんでもない!』そう微笑むあいつの笑顔はすごく眩しくって、心がポカポカとあたたかくなった。


 あいつが脚立を持ってきて、厨房のエアコンを直しはじめる。他の人には見えないように手元を光らせながら、楽しそうに機械をいじり出した。


 また、あいつに助けてもらっちゃった……

 姫のせいでこうなったのに、また……

 自分では、この不運の連鎖をどうにもできなくって……なのに、いつもダンは姫を助けてくれる。だから姫は、あいつのことを……


 あいつと初めて会ったときも、こんなこと、あったよね……


 姫は、あいつの横顔を見ながら、昔のことを思い出していた。



 姫は、凶を司る女神。人間の中には邪神なんて呼んでくるやつもいる。


 そんな姫が、勇者を転生させたあと、勇者に同行することになった。数年前までは転生させるだけでよかったのに、天界の規定が変わったとかで、同行が必須になったのだ。めんどくさい。


 転生させた勇者が変なやつだったら、さっさと呪い殺して天界に戻ってこよ、そう思っていた。


 そんなとき、初めて一緒に旅をしたのがダンだ。通り魔に刺されそうになった女の人を助けて殺されてたから、姫が転生させてやったのがあいつだった。


 あのときのダンは転生20回目とかで、まだ転生したときのスキルを現世に持ち帰ることができなかったらしい。だから、あっさり通り魔に殺されていた。

 とにかく、そんなダンと一緒に魔王討伐の旅をした。


 異世界に転生させると、ダンが仲間を集めてきて、すぐに6人のパーティを組むことができた。みんなそれぞれ特技があって、なかなかにバランスの取れたパーティだったと思う。


 でも、姫がいたら、うまくいかないだろうな……そう思っていた。


 なぜなら、姫は凶を司る神だから。意図しなくても、勝手に不幸が向こうからやってくる。


 その懸念は、旅をはじめてから、すぐに現実のものとなった。


「なんなんだよ! 寝る暇もないじゃねーか!」


 ある日、仲間の一人が夜中に妖怪に襲撃されたことで怒りの声を上げた。

 そいつは見ていただけで、ダンが全部倒したのに、睡眠を妨げられたことが気に入らないらしい。


「今日は妖怪で! 昨日は盗賊! その前はなんだったけなぁ! おい!」


 昨日もその前も、こいつはなにもしてなくて、全部ダンが退治してたけど、すごく怒っていた。


 はぁ……人間ってほんと、めんどう。


 まぁでも、この不運続きは、姫のせいなのよね。それがわかっていたから、姫は黙って聞いてやることにした。


 正直、そのときは悲しいとか、辛いとか、そんな感情はもう無くなっていたと思う。

 【言われ慣れていたことだから】


「こんなこと、一人で旅してたときには起きなかった! やっぱりその疫病神のせいじゃねーのか!」


 騒いでいたそいつが姫のことを指差した。


「はぁ?」


 睨みつける。またか。


「っ!? 魔王を倒すってのに! 化け物を連れて行くなんてどうかしてる!」


 化け物って、姫のことを言ってるの?


 ……こいつもか……暗い感情が心を占めていく。


 悲しくはない。こういうときは、怒ればいいんだ。


「ちょ、ちょっと待とうか、青蓮」


「なんだよ! ダン!」


 どうやって呪ってやろうか、そう考えていたら、あいつが姫の前に立って、庇うように片手を広げた。広げてくれた。


「仲間のことをそんな風にいうのは良くない。一旦落ち着こう」


「仲間? 俺は最初から反対しただろ! 不幸を司る神なんていない方がマシだって!」


「……」


 【いない方がいい】

 【近づいてはいけない】

 そう言われるのは何度目だろうか。姫だって、好きで凶を司ってるわけじゃないのに……なんで、姫ばっかり……


「んー……そうか、青蓮。姫ちゃんと一ヶ月も旅をして、まだそんなこと言うのか」


「時間なんて関係ねーよ! おまえらもそうだろ!」


 そいつが、他の3人にも声をかける。黙ってはいるが、同意の沈黙だった。

 よっぽど、姫のことが嫌いなようだ。


「はぁ……」


 『なら姫は天界に帰るわ』そう言おうとしたとき――


「なら、オレと姫ちゃんはここで抜けるよ。青蓮、おまえたちは故郷に帰ってくれ。これまでありがとう」


 ペコリ。ダンが頭を下げて、姫の手を取って歩き出した。


「「「は?」」」


「え?」


 間抜けな仲間たちと姫がハモるように声を出す。


「な!? おい! 待てよ! 2人だけでどうしようってんだ!」


「そうよ、あんた勇者でしょ? 魔王退治はどうするつもりよ?」


「ん? だから、姫ちゃんと二人で倒すよ」


「ふざけんな! おまえとその化け物だけで何ができる!」


「……なぁ、青蓮。次、姫ちゃんのことをそう呼んだら、おまえのこと、しゃべれなくなるまで殴り倒す。わかったか?」


「な! おま! ……」


 ダンに睨まれて、仲間だったやつが黙る。そのときのダンはすごく怒っていた。なんで怒っていたのか、あのときはわからなかった。


「じゃあな、オレは偏見を持つやつとは一緒にいれない。それだけだ。誘って悪かったな。オレの目が節穴だった。達者でやってくれ」


 それだけ言って、ダンは姫の手を強く引いて歩き出した。姫は、ポカンとしながら、あいつに握られた手を見つめていた。大きい手だ。


「……姫が抜ければ良かったと思うんだけど……」


 気になって、前を歩くあいつに質問する。


「それは違うだろ」


「なんでよ。だって、姫が不幸を呼び寄せてるって……あんたは知ってるでしょ? それに……姫の見た目だって……あんたたち人間にとっては……怖いんでしょ?」


 自分で口にしているのに、すごく嫌な気分になった。でも、あいつの回答は――


「怖くない」


「でも、毎日不運が続くし……姫が近くにいたら、迷惑でしょ……」


「あれくらいのトラブル、余裕だ。オレに任せとけ。姫ちゃんが気にすることじゃない」


「なによそれ……納得いかない……」


「……えっと……あんな性格悪いやつらより、姫ちゃんみたいな可愛い子と旅した方が楽しいからな!」


 前を向いているあいつの頬は、少し赤いように見えた。


 なに赤くなってんのよ。バカじゃないの?


「……なによそれ」


 姫は、ダンが何を言ってるのかよくわからなくなって、質問するのをやめた。


 『姫のこと、怖くないって言ってくれたやつ、いつぶりだったっけ……』そんなことを考えながら、私の手を引いてくれる手を見つめることにした。


 ダンの大きな手が姫の左手を握っていた。大きな手だ。大きくてあったかかった。


 結局、ダンとのはじめての異世界転生は、本当に二人っきりでの魔王討伐となった。だから、結構苦労して、攻略するのに1年近くかかったと思う。


 その間、何度も何度も不幸が姫たちを襲ったけど、全部、ダンが笑いながら解決してくれた。


 このときは、変な人間。それくらいにしか思っていなかったと思う。自分から厄介ごとを抱え込む変なやつだ。


 でも、姫のせいで起こった不幸を解決する度に、「こんなの楽勝だ! オレに任せとけ!」そう笑いかけてくれるあいつの笑顔が忘れられなくなった。


 天界に戻っても、あいつの笑顔ばかり思い出す。


 本当に変な人間だ。



 カチャカチャ……カチッ。ブォーン。


「ほら直った! 楽勝だ!」


 ダンのやつが、脚立の上から笑顔を向けてきた。エアコンが作動し、涼しい風が流れてくる。


 姫はそれを見ながら、「……いつも……ありがと……」と、あいつに聞こえない小さな声で素直な気持ちを呟いた。

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