目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第29話 夏休みの準備

 エアコンを直した後、オレたちは夜まで働いて、帰る前に賄いを食べていくことにした。

 休憩室にて、オレとイーリスと姫ちゃんの三人で机を囲み、オレが作ったパスタをそれぞれがつついている。


「で? 結局、姫ちゃんはなんで現世にいるわけ? そろそろ教えてよ」


「だから、姫の勝手でしょ! あんたに会いに来たなんて勘違いしないでよね!」


「おお……」


 『テンプレみたいなツンデレだ』と思うが黙っておく。


 なるほど……オレに会いに来てくれたのか……


「そうですか。姫さんも勇者ダンに会いたかったんですね。私と同じです。もぐもぐ……」


 イーリスがパスタを頬張りながら、無表情な顔で言う。


「だから違うってば!」


 姫ちゃんがバンと机を叩いて立ち上がる。しかし、イーリスのセリフに気になることがあったようで、すぐに座り直した。緊張した顔で口を開く。


「……『私と同じ』って、どういう意味よ?」


「私も勇者ダンに会いたかったので現世に来たんです。好きなので」


「す、好き?」


「そうです」


「へ、へー? ふ、ふーん? ……ねぇ、あんた」


「んー? なに?」


「あんたもイーリスのこと好きなわけ?」


「何その質問?」


「いいから答えなさいよ!」


「もちろん好きだよ」


「私と勇者ダンは相思相愛です」


「……」


 姫ちゃんがプルプルとキレ顔になっていく。


 あれ? これやばいやつ?


「もちろん、姫ちゃんのことも好きだよ?」


 フレンド的な意味で。


「っ!? そんなので誤魔化せないんだから!」


 バン! また、机を強く叩いて部屋を出て行ってしまった。ほのかに頬が赤かったような気もするが気のせいだろうか?


「美味しいですね。勇者ダン」


「あ、うん。そうだね」


「でも、お家で2人っきりで食べる方が……なんというか、幸せな感じがします」


「……そっか。じゃあ、やっぱ夜は家で食べることにしよっか」


「いいんですか?」


「うん。イーリスがそう言ってくれるのが嬉しいからさ。そ、それに、オレもその……幸せな感じ、するし」


「私も嬉しいです。ありがとうございます」


 微笑んでくれるイーリスを見て、オレは箸を進めた。彼女のいる生活って、いいもんだ。



 それからしばらく、イーリスと姫ちゃん、それに成瀬さんとのファミレスでの研修は続いた。


 教育係の白石さんは予定通り一週間ほどで別の店に移り、そこでまた店長業務をこなすそうだ。


 オレはというと、一週間で全メニューを作れるようになり、料理担当として役に立てるようになっていた。白石さんは「こんな短期間ですごいな~」と褒めてくれたが、脳内の魔法のメモ帳にレシピをメモしてるのは秘密だ。


 イーリスの方はというと、姫ちゃんの指導もあって問題なくホールスタッフとして働けるようになっていた。今はお皿を四枚同時に運ぶことができるようになり、余裕を持って働けている。


 それと、この店は、美少女二人が働いていると巷で有名になっているようだ。学校帰りに男子学生たちがよく来るようになったと思う。


 そうこうしているうちに二ヶ月ほどが経過し、七月に入った。シーズンは夏真っ盛りだ。セミの声を聞きながら出勤すると、休憩室で成瀬さんに呼び止められた。


「天城さん!」


「はい、なんでしょう?」


「海! 海、行きましょ!」


「海? 遊びにってこと?」


「そう! もちろんイーリスちゃんも連れて!」


「ほう? つまり、イーリスと遊びたい、と?」


「そう! 天城さんはおまけ! あとね! 姫ちゃんも来てほしいな!」


 『おい、おまけとはなんだ?』と言う前に、成瀬さんが姫ちゃんの元に駆け寄っていった。


 姫ちゃんは椅子に座って足を組みながらスマホを弄っている。成瀬さんのことをチラリと見て、けだるそうに口を開いた。


「は? ……いやよ」


「そんな!? なんで!?」


「私は行きます」


「イーリスちゃん! 天使!」


 成瀬さんがイーリスに抱き着き頬擦りする。

 イーリスは無表情で『私は天使ではなく女神です』とか言っていた。ギリギリ冗談に聞こえなくもないのでツッコまないで放置しておく。


「勇者ダンも行きますよね?」


「んー、そうだね。せっかくだし、行こっか。結局、観光とかもできてないしね」


「……」


 ピクッ、オレの回答を聞いて、姫ちゃんがスマホを弄るのをやめ、チラリとオレのことを見る。


「よかった! じゃあ、詳しいプランは私が企画しますね! 車はパパに借りればいいし、いつにしよっか!」


「……ねぇ、やっぱり、姫も行く……」


 どういう心境の変化だ? 一人ぼっちになるのがイヤなのだろうか?


「ホントに!? やったー! 姫ちゃんともこれを機にもっと仲良くなりたいな!」


 成瀬さんが姫ちゃんに抱きつこうと近づくが、


「それ以上近づいたら殴るわ」


 姫ちゃんは相変わらず塩対応であった。


「……はい」


 姫ちゃんに睨まれ、しゅんとなった成瀬さんがこちらに戻ってきた。


「はは、あいつはツンデレだからさ。成瀬さんに構ってもらえて喜んでるはずだよ?ゆっくり仲良くなればいいよ」


「なるほど! そうなんですね!」


「違うわ! 誰がツンデレよ!」


「イーリスちゃん! 姫ちゃん! 海に行くことになったんだし、水着買いに行きましょ! あっ、もう持ってるかな?」


「み、水着? ……ないけど……」


「私も持ってません」


「なら決まり! 今週末に買いに行って、次の週あたりに出かけましょ!」


 ということで、成瀬さん企画の元、海に遊びに行くことに決まったのであった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?