目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第32話 水着回

 イーリスと成瀬さんが水を掛け合って遊んでいるのを眺めながら、姫ちゃんが乗る浮き輪の紐を引っ張って泳ぎ続けていたオレであったが、 浮き輪の上のお姫様の『飽きたわ』という一言でお役御免となった。


「さいですか」


 呆れながら紐を離すと、顎で『陸まで連れていけ』と指図されたので、今度は浮き輪を押してやることにした。

 バシャバシャとバタ足を高速で動かし、勢いよく砂浜にお姫様を放り込む。多少の恨みを込めて。


「ちょっと! もっと丁寧に扱いなさいよ!」


 しかし、件のクソガキは浮き輪から華麗に飛び降り、腰に手を当てて睨みつけてきた。


 ちっ、砂まみれになればよかったのに……


「いい度胸ね。躾が必要みたいね。駄犬」


「わんわん。ちゃんとお礼くらい言えないのですか? ご主人様ぁ」


「こいつ……」


 オレと姫ちゃんが軽く睨み合っていると、海の方から声をかけられる。


「姫ちゃーん! 一緒に遊ぼー! あ、天城さん、バレーボールもってきてー!」


 ということで、くだらないイガミ合いは止めて、空気を入れておいたボールを持って、2人のところに合流する。


「私とイーリスちゃんVS姫ちゃんと天城さんのチームね! 先にボールを落とした方が罰ゲーム!」


「ふ~ん? わたしがこいつと? まぁいいんじゃない」


「私は勇者ダンと一緒がいいです」


「あーん! そんな意地悪言わないで! イーリスちゃーん!」


 成瀬さんが無表情のイーリスに抱き着き、無理やりチームが決定する。というか、姫ちゃんがもじもじしてるのはなんなんだ?


 海上でのビーチバレーのルールは、軽く話し合って5点先取となった。なんとなくの相手の陣地にボールを叩き込めばポイントゲットという具合だ。


 ゲームがはじまると膝上くらいまでが海水につかっているのでなかなかに動きにくいことに気づく。本気を出せばなんてことないのだが、大人げないので頑張って手加減することにした。


 お互いにポイントを取り合って、笑いながらビーチバレーを楽しんでいると、ふと、向こうのチームの様子が気になった。いや、最初から気になっていたのだが、見ないようにしていたのだ。

 向こうのチームはなかなかに素晴らしいものがブルンブルン揺れていて、非常にけしからんのである。ポイントを取ったイーリスと成瀬さんがハイタッチをして、ぶつかり合うように揺れていた。いかんなぁ。あれはいかん。


 それに比べてこっちは……チラッ。


「ねぇ、あんた……まじで死にたいわけ?」


「え? 何も言ってないけど? ほらボールきたよ!」


「ちょっと! こっち、きなさいよ!」


 姫ちゃんが顔を真っ赤にして突撃してきたので、それを避けてボールを返す。


「へぶっ!? ぺっ! ぺっ!」


 姫ちゃんは海面に飛び込んでから、オレを睨んできた。また突撃してきたので、両手を掴むと、向こうのボールがこちらの陣地に入ってしまう。


「あはは! 仲間割れなんかして余裕だねー! 姫ちゃん! 負けた方は罰ゲームだよー!」


「なによそれ! 聞いてないわよ!」


「え~? 言ったよ~? 聞いてなかったの~?」


 成瀬さんのこの発言を受け、姫ちゃんもやっと真剣になった。しかし時すでに遅し、オレたちが負けてしまう。ま、こんな遊びで本気出すのもカッコ悪いしね。楽しければいいのだ。


「それじゃあ、罰ゲーーム!」


 成瀬さんがボールを掲げながら楽しそうに近づいてきた。


「姫はやらない。こいつが姫の分もやるわ」


 姫ちゃんが腕を組みながら親指でオレをさす。


「そんなの許されるわけないだろ?」


 ガシッ!


「ちょ! ちょっと!」


 ということで、オレと姫ちゃんは、仲良く砂浜に埋められたのだった。



 オレと姫ちゃんは、並んで砂に埋められて、空を眺めて横たわっている。オレたちを埋めた二人は、海の家にお昼ご飯を買いに行ってくれているところだ。


「……なんで姫がこんな目に……」


「まぁまぁ、遊びなんだから。そうカリカリせず」


「あんたのせいでしょ!」


 砂に埋められて動けないのに、隣のお姫様は元気満々であった。


 そんなオレたちの元に、小さい女の子が若いママさんに手を引かれ近づいてくる。幼稚園児くらいだろうか?


「お姉ちゃん、なにしてるのー?」


「あ、ごめんなさいね、うちの子が」


「いいのよ。ねぇ、あんた」


「わたしー?」


「そうよ。姫ね、悪いやつに捕まっちゃったの、助けてくれない?」


「お姉ちゃんは正義の味方なのー?」


「そうよ。世界を救う正義の味方よ。助けてくれない?」


「いいよ! 助けてあげる!」


 そして、幼女の手を借りて姫ちゃんが砂の中から脱出を試みる。ママさんも笑いながら砂をかき分けてくれた。


「ありがと、良い子ね」


「うん! 良かったね! お姉ちゃん!」


 姫ちゃんが女の子の頭を撫でる。


「またねー!」


 女の子が元気いっぱいに手を振るので、姫ちゃんもそれに振りかえしていた。オレはその様子を微笑みながら眺めていた。


「……成長したねー」


「はぁ? どういう意味よ?」


「前は人間と距離置いてたじゃん」


「そんなときもあったわね。でも、今も人間は嫌いよ」


「そう? オレにはそうは見えないけど」


「……」


 なにか癇に障ったのか、ムスッとして黙ってしまった。


「ところで姫ちゃん」


「なによ?」


「オレのことも助けてくれない?」


「いやよ。遊びなんでしょ? 姫、喉乾いた。ジュース買ってくるわ」


「くっ……」


 オレは離れていくクソガキのことを、いや、スカートから覗くキュートなお尻に目線をずらし、恨みを込めて睨みつけることにした。恨みを込めてじっくりと。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?