砂に埋められたまま待つこと数分、イーリスたちが海の家から帰ってきて、オレも砂の中から解放してもらうことができた。
四人でレジャーシートに移動し、焼きそばを食べていると、なんだか空が曇ってくる。
「え? あれ? 嘘でしょ? 雨とか降らないよね?」
成瀬さんがパラソルから顔を出し、空を見上げる。
「いえ、あれは雨雲ですね。少ししたら降ってきます」
「そんなー! 天気予報だとしばらく晴れだって言ってたのに! なんでー! 運悪すぎー!」
「……」
頭を抱える成瀬さんの隣で、姫ちゃんが箸を止め、下を向く。
『姫のせいだ。姫のせいでまた不幸が……』そう思っているのがすぐわかった。
「姫ちゃん、オレが――」
なんとかする、そう言おうとしたところ――
「きゃー!」
海の方から女の人の悲鳴が聞こえてきた。
「なんだ!?」
立ち上がって、そちらを見る。
「サメだー!」
近くにいた男の人が叫んで海から逃げてくる。しかし、悲鳴をあげた女性は、まだ、海の中にいた。
さっき、姫ちゃんを砂から助けてくれたママさんだった。それに、その人の腕の中には、あの小さな女の子もいる。
「助けてー! 誰か! この子だけでも!」
「くっ!」
オレがどう対応するか、一瞬悩んだとき、オレの横を姫ちゃんが駆け抜けていった。
「姫ちゃん!? イーリスちゃん! 姫ちゃんが!」
「大丈夫です。姫さんなら」
「でも!」
そう、大丈夫だ。彼女なら。
水着のまま駆けていく姫ちゃんは、片手を腰のあたりにかざす。そこに黒いモヤが現れ、刀が顕現した。それを抜き切ると同時に、海の上に飛び込む。
しかし、沈まない。ママさんと女の子の元まで水面を走っていく。
「あれって……一体……」
驚愕する成瀬さんを置いて、オレはいつでもフォローできる位置まで近づいた。
姫ちゃんはもう敵を捕捉し、目の前まで迫っていた。
「喰らいなさい。姫の一撃、食べさせてあげる」
呟いてから一閃。
腰を下げ、滑り込むように下段に切り裂き、海水もろとも、サメの体を両断した。
海面が割れ、血飛沫が上がる。その血でママさんと女の子は血まみれになってしまった。
呆然とする親子、それに海水浴場に来ていた人たちも。
海面の上に立ち、振り返った姫ちゃんを見て、
「ひっ!?」
ママさんが短い悲鳴をあげた。
助けてもらったにしては、違和感のある態度だ。でも、その理由は思い当たった。
「……角?」
女の子が姫ちゃんを見て口を開いた。
そう、姫ちゃんには角が生えていたのだ。おでこから二本、黒い角が姿を現していた。いや、今生えたわけじゃない。オレが渡した指輪のおかげで見えなくなっていただけだ。それが今は見えている。力を使ったから。
「あ、あの……あなたは……」
姫は、姫のことを見て、怯えた顔を見せる人間に冷たい眼差しを向けていた。
みんな、姫の角を見ると、こんな顔をする。
そして、みんなこんなことを言う。
『怖い』、『恐ろしい』、『気持ち悪い』、どれも聞き飽きた。でも、聞きたくない言葉だ。
だけど、姫が拒絶したって、どうせ、そんな感情をぶつけられる。
『ああ、助けなければ良かったのかな……なんで、こんなことしちゃったんだろ……』
姫は左手につけた指輪を見て、あのときのことを思い出していた。せっかく、あいつにこれを貰ってからは楽しく過ごせてたのに。
また、角のことで嫌なことを言われるんだ……