せっかく、角、隠してたのに……この指輪のおかげで……
あのときのことを思い出していた姫は、目の前で血まみれになった親子を見て現実に引き戻された。
小さな女の子の母親は、それはもうわかりやすく怯えていた。姫が怖いんだ。きっと、あの女の子も同じ気持ちなんだろう。
「かっこいいー!」
「……え?」
姫の予想に反した言葉が女の子から飛び出す。ちゃんと目を合わすと、その子はキラキラした目で姫のことを見つめていた。
ぜんぜん、怖がっていなかった。
「お姉ちゃん、ホントに正義の味方だったんだね! ユアとママを助けてくれてありがとう! すっごくカッコよかったよ!」
「……あっ! ありがとうございます! 助けていただいて!」
さっきまで怯えていた母親も、女の子のニコニコした顔を見てから、頭を下げてくれた。
まだ震えてるけど、ちゃんと姫のことを真っすぐ見て、感謝を伝えようと頑張ってくれる。
なによ……怖いんでしょ……ムリしちゃって……
でも、彼女の表情からは、もう、姫が嫌だと思う感情は読み取れなくなっていた。
「そっか……助けて、良かったんだ……」
「姫ちゃん、良かったな」
いつの間にか、あいつが姫の横に立っていた。海の上に立って笑っている。
「……うん!」
今度は、素直に笑顔を向けることができる。
「二人はオレが。陸に上がりましょう」
あいつが親子を抱えて海面に立つ。二人は目を白黒させていたが、大人しく抱きかかえられた。
一件落着かと思ったそのとき――
「姫ちゃーん! まだきてるー! たくさーん!」
バイト先の店長がなんか叫んでいた。
沖の方を見ると、数十匹のサメがこちらに猛スピードで泳いでくるのがわかる。
「姫が倒してやるんだから!」
「やっちゃえ! 姫ちゃん!」
「うん! 我! 凶を司る神なり! 他者を傷つける者には罰を与えん! 毒霧の溺殺陣!」
敵に向かって刀をかざす。先端から赤い霧が溢れ出し、サメたちに向かっていく。そして、海に溶け込み、サメたちはぷかぷかと海面に腹をさらけだした。
「かっこいいー!!」
女の子はなおも笑顔だ。
「じゃ、仕上げはオレが。我らの世界に祝福を、ホーリーヴェール」
ダンが空に手をかざすと、透明なカーテンのようなものが現れ、曇っていた空を切り開いていく。雨雲が無くなり、さっきまで暗かった空がすっかり明るくなった。
姫がやりすぎだ毒の沼も浄化され、サメの死骸までキラキラと光の粒になっていく。
本当に、こいつって規格外の勇者ね。
それに、規格外に……かっこいい……かも……
隣で、「ほらな。オレに任せとけば楽勝だ!」なんて言い出しそうなコイツの顔を見て、姫は鼓動が早くなるのを抑えきれなかった。
すっかり空が晴れ渡ったあと、ダンのやつが女の子とママさんを抱えて海を出て、成瀬とかいう店長の追求を適当にいなしたと思ったら、あいつが姫の手を握ってきた。
「な! なにすんのよ!」
すぐに振り払おうとする。
「忘却の陣、頼む。特大のやつ。サポートするから」
あ、そっか、みんなに見られたもんね。すぐに察して、ダンの魔力を借りながら、今度は丁寧な陣を描くことにした。
みんなの記憶が、この数分だけなくなるように。人間の脳にダメージがいかないように。丁寧に丁寧に。
これで、お昼からも、こいつらと楽しく遊べることだろう。
♢
姫ちゃんに忘却の陣を発動してもらったおかげで、海水浴場に来てた人たちは、さっきの事件をキレイさっぱり忘れ去っていた。もちろん成瀬さんもだ。
あれから、お昼ご飯を再開し、デザートにかき氷を食べたりして、バナナボートなんかのマリンスポーツも楽しんだ。
途中ちょっとしたトラブルもあったけど、そんなの大したことじゃない。すごく充実した楽しい休日だった。
帰りの車の中、後部座席で寄り添って眠る三人を見て、良い一日だったなぁと満足感を噛み締める。
オレは、後ろのお姫様たちを起こさないように、安全運転で帰ろうと気持ちを引き締め、ハンドルを握り直したのだった。