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第36話 新しい悩み事

 海水浴を楽しんだ翌日、オレたちはいつも通りファミレスで働いていた。今はお昼時で忙しい時間帯だ。


「夏美! 六番テーブルのオーダー頼むわ!」


「わかった! 姫ちゃん、それ!」


「うん! 持ってく! イーリスは三番の片付け!」


「了解しました」


 ホールスタッフのみんなは、あわただしく働いている。オレもその様子を見ながら鍋をふるい、フライパンの世話をし、野菜を刻んでいた。さささっと料理を出していく。


 そういえば、姫ちゃんは成瀬さんのことを夏美と呼ぶことにしたらしい。昨日一緒に遊んだことで、やっと成瀬さんにも興味を持ってくれたようだ。不器用な姫ちゃんが苦手な人間と仲良くしようとしてくれるのは、なんだか嬉しい。娘が成長していくのを見る父親の気分だろうか。


「何ニヤニヤしてんのよ! オーダー通ってんでしょうね!」


「うん、もちろん。はいどーぞ」


 余裕の表情で、出来上がった料理を四皿、華麗に差し出す。


 ふふん、どうだい? できる男だろう?


「……ふん!」


 文句は言われなかったが、褒めてはくれないらしい。お皿を受け取って踵を返していった。


 そんな感じでピークの時間帯をやり過ごし、いつも通り夜まで働いて、今日のお仕事も終了だ。


 着替え終わって、休憩室でイーリスのことを待っていると、姫ちゃんも休憩室に入ってきた。


「あ、お疲れ〜」


「……おつかれ」


「今日も忙しかったね」


「……ねぇ!」


 姫ちゃんが意を決したようにオレに近づいてきて、大きな声を出した。両手でギュッと拳を作り、怒ったように眉を吊り上げている。


「ん? どうかした?」


「あんた! 今度の休み暇よね!」


「来週の? まぁ、予定はないけど」


「なら! 姫と! 姫と……で! ……デートしなさいよね!」


「……デート?」


「そうよ! 文句あるわけ!」


「文句とかはないけど……オレには……」


 『彼女がいるし』そう言おうと思ったのだが――


「イーリスと夏美はいいじゃんって言ってくれたわ!」


「え? そんなバカな……」


「そうよ! だから決まり! 良いわね!」


 バンッ! 言い終わると同時に、扉を乱暴に開けて出て行ってしまった。


「あっ……」


 ホントにいいのか? 彼女がいるのに姫ちゃんとデートなんかして?


 頭を悩ませていると更衣室からイーリスが戻ってきた。


「あ、イーリス、今の話だけど……」


「ええ、デートのことですよね? いいと思います」


「な、なんで?」


「なんでとは?」


「だって……オレとイーリスは付き合ってるわけで……」


「それがなにか?」


 不思議顔で首を傾げるイーリス。

 オレはいうと混乱が加速する一方だ。


「いやいや、浮気になるじゃん……」


「浮気。勇者ダンは浮気をするのですか?」


「いや、そんなつもりはないけど……」


「なら、いいんじゃないですか?」


 どうも話が通じていない。ちゃんと説明した方がよさそうだ。


「あのね。イーリスと付き合ってるのに、姫ちゃんとデートしたら浮気になるよね?だから、断った方がいいかと思ったんだけど」


「それはかわいそうです。姫さんも勇者ダンのことが好きなのに」


「……ん? イーリスさんは何を言ってるのかな?」


「姫さんとでしたら、私はいいと思います」


「ど、どゆこと?」


「人間にも、妻を複数人娶る人はいるはずです」


「いや……それは、そういう国もあるけど……日本じゃ、普通じゃないというか……」


「普通じゃないんですか?」


「全然普通じゃないよ! 日本は一夫一妻制!」


「そうなんですか。困りましたね」


「いやいや! 困ってるのはオレ! イーリスの気持ちを考えてオレは!」


「私は平気ですよ?」


 また首を傾げられてしまった。


 らちが明かないので一旦家に帰り、帰った後もしばらく話を続けたが、イーリスの答えが変わることはなかった。

 付き合ってから数ヶ月しか経ってないのに、二人目の彼女を作ることを推奨するイーリスに頭が痛くなる。


 マジで女神たちの感性はどうなっているのだろう。


 それに、そもそも、姫ちゃんはオレとイーリスの関係をわかっているのだろうか?

 そりゃあ、姫ちゃんみたいな可愛い子とデートしたくないのかって聞かれたら、したいって答えるさ。


 でも、可愛い彼女がいるのにそんなのダメだって、オレの普通センサーが警報を鳴らしている。


 姫ちゃんからのデートのお誘い、どう断ればいいんだろうか……

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