海水浴を楽しんだ翌日、オレたちはいつも通りファミレスで働いていた。今はお昼時で忙しい時間帯だ。
「夏美! 六番テーブルのオーダー頼むわ!」
「わかった! 姫ちゃん、それ!」
「うん! 持ってく! イーリスは三番の片付け!」
「了解しました」
ホールスタッフのみんなは、あわただしく働いている。オレもその様子を見ながら鍋をふるい、フライパンの世話をし、野菜を刻んでいた。さささっと料理を出していく。
そういえば、姫ちゃんは成瀬さんのことを夏美と呼ぶことにしたらしい。昨日一緒に遊んだことで、やっと成瀬さんにも興味を持ってくれたようだ。不器用な姫ちゃんが苦手な人間と仲良くしようとしてくれるのは、なんだか嬉しい。娘が成長していくのを見る父親の気分だろうか。
「何ニヤニヤしてんのよ! オーダー通ってんでしょうね!」
「うん、もちろん。はいどーぞ」
余裕の表情で、出来上がった料理を四皿、華麗に差し出す。
ふふん、どうだい? できる男だろう?
「……ふん!」
文句は言われなかったが、褒めてはくれないらしい。お皿を受け取って踵を返していった。
そんな感じでピークの時間帯をやり過ごし、いつも通り夜まで働いて、今日のお仕事も終了だ。
着替え終わって、休憩室でイーリスのことを待っていると、姫ちゃんも休憩室に入ってきた。
「あ、お疲れ〜」
「……おつかれ」
「今日も忙しかったね」
「……ねぇ!」
姫ちゃんが意を決したようにオレに近づいてきて、大きな声を出した。両手でギュッと拳を作り、怒ったように眉を吊り上げている。
「ん? どうかした?」
「あんた! 今度の休み暇よね!」
「来週の? まぁ、予定はないけど」
「なら! 姫と! 姫と……で! ……デートしなさいよね!」
「……デート?」
「そうよ! 文句あるわけ!」
「文句とかはないけど……オレには……」
『彼女がいるし』そう言おうと思ったのだが――
「イーリスと夏美はいいじゃんって言ってくれたわ!」
「え? そんなバカな……」
「そうよ! だから決まり! 良いわね!」
バンッ! 言い終わると同時に、扉を乱暴に開けて出て行ってしまった。
「あっ……」
ホントにいいのか? 彼女がいるのに姫ちゃんとデートなんかして?
頭を悩ませていると更衣室からイーリスが戻ってきた。
「あ、イーリス、今の話だけど……」
「ええ、デートのことですよね? いいと思います」
「な、なんで?」
「なんでとは?」
「だって……オレとイーリスは付き合ってるわけで……」
「それがなにか?」
不思議顔で首を傾げるイーリス。
オレはいうと混乱が加速する一方だ。
「いやいや、浮気になるじゃん……」
「浮気。勇者ダンは浮気をするのですか?」
「いや、そんなつもりはないけど……」
「なら、いいんじゃないですか?」
どうも話が通じていない。ちゃんと説明した方がよさそうだ。
「あのね。イーリスと付き合ってるのに、姫ちゃんとデートしたら浮気になるよね?だから、断った方がいいかと思ったんだけど」
「それはかわいそうです。姫さんも勇者ダンのことが好きなのに」
「……ん? イーリスさんは何を言ってるのかな?」
「姫さんとでしたら、私はいいと思います」
「ど、どゆこと?」
「人間にも、妻を複数人娶る人はいるはずです」
「いや……それは、そういう国もあるけど……日本じゃ、普通じゃないというか……」
「普通じゃないんですか?」
「全然普通じゃないよ! 日本は一夫一妻制!」
「そうなんですか。困りましたね」
「いやいや! 困ってるのはオレ! イーリスの気持ちを考えてオレは!」
「私は平気ですよ?」
また首を傾げられてしまった。
らちが明かないので一旦家に帰り、帰った後もしばらく話を続けたが、イーリスの答えが変わることはなかった。
付き合ってから数ヶ月しか経ってないのに、二人目の彼女を作ることを推奨するイーリスに頭が痛くなる。
マジで女神たちの感性はどうなっているのだろう。
それに、そもそも、姫ちゃんはオレとイーリスの関係をわかっているのだろうか?
そりゃあ、姫ちゃんみたいな可愛い子とデートしたくないのかって聞かれたら、したいって答えるさ。
でも、可愛い彼女がいるのにそんなのダメだって、オレの普通センサーが警報を鳴らしている。
姫ちゃんからのデートのお誘い、どう断ればいいんだろうか……