「今回も余裕だったな!」
「どこがよ! ギリギリだったじゃない! このバカ!」
姫とダンの異世界転生三回目は、もうすぐ幕を閉じようとしていた。今しがた、魔王を倒したからだ。
「ギリギリだったかなぁ?」
「ま、俺たちがいなかったら、おまえさんは死んでたな」
四十歳手前のオッサンガンナーがニヒルな笑みを作って、ダンのやつに答える。
他の仲間たちも笑っていた。こいつ以外に、回復役のおっさん僧侶、熟練の魔法使いの女性が今回のパーティメンバーだ。みんな結婚していて、子どもがいるのについてきてくれた頼りになる仲間たちだ。
もちろん、姫の角や不幸を呼ぶ体質のことも受け入れてくれている。
「それにしてもおまえさ、姫ちゃんのこと好きすぎだろ。姫ちゃんのことばっか気にして油断するなよ」
旅の終わりを少し寂しく思っていると、オッサンガンナーがおかしなことを言い出した。
「は、はぁ? 何言ってんだ、おまえ」
あいつがあたふたしはじめる。
「いや、おまえが本気を出し渋ってたのって、今回の魔王が鬼だったからだろ? 姫ちゃんの角に似た角が生えていたから」
「はぁ!? ちげーし!」
「あんた! 変なこと言わないでよ!」
二人してオッサンに迫った。おかしなことを言わないでほしい。
「おお? おまえら、相変わらずいいコンビだな……」
「うふふ、二人をからかうのはそれくらいにして、帰りましょ? 私たちの子どもたちが待ってるわ」
「そうだな。たしかに。このガキどもの相手より自分のガキの相手だ。頼むよ」
「任せなさい。順番に自宅まで送ってあげるわね」
そして、熟練魔法使いがスカイムーブの呪文を唱え出した。空中に透明な光の筒が現れて、その筒が遥か向こうまで繋がっていく。
「接続完了。いくわよ?」
みんなが頷いたら、熟練魔法使いが杖を構え、みんなが光の筒に吸い込まれていく。筒の中を高速移動して、仲間の家にあっという間に到着した。まずはオッサンガンナーの家だ。
「パパー!」
「パパがかえってきた!」
双子の男の子たちが駆け寄ってきた。
「おお! オレの愛するガキども! こいこい!」
オッサンが二人を抱きしめて持ち上げる。
「パパ、パパ! おかえり!」
「ヒゲ! もじゃもじゃ!」
「ははは! パパはヒゲが似合うだろー?」
「ジャリジャリー!」
「おじさん!」
「なんだとー! 悪い子たちだなー! 食べちゃうぞ! がおー!」
「いやー! ママー!」
「ママー! パパが怪獣さん!」
「あなた……おかえりなさい……」
家の中から、オッサンガンナーの奥さんが姿を現し、ゆっくりとした足取りで近づいてくる。魔王討伐の旅からの帰還だ。『もしかしたら、夫は帰って来ないかも』と考えていたのかもしれない。
「ママ? ママが泣いてる!?」
「パパが泣かしたー!」
「そうだ! ……な! ……パパが泣かしたかも! ……おいで!」
「あなた!」
「愛してる!」
「はい! わ、私もよ! おかえりなさい!」
抱き合いながら泣く二人を見て、ダンたちは口角を上げていた。
でも、子どもたちはなにが起きているのかわからない様子だった。
「二人とも泣いてる! なんでなんで!」
「よちよちしてあげる!」
姫も改めて彼らのことを見る。たしかに、みんなが笑顔になるのもわかるような気がした。なにか、心が温かくなるのを感じたからだ。
「良かったわ。ちゃんと帰って来れて……」
だから、自然とそう言うことができた。
「だね。全員無事で、本当に良かった」
しばらく、みんなで彼らのことを見守る。それから手を振って、オッサン僧侶の家に行き、最後に熟練魔法使いの家で解散となった。
みんな、同じように家族に迎えられ、幸せそうな笑顔を見せてくれた。
その笑顔がとても印象的だった。
姫とダンは、姫たちしかいない草原に立って、向かい合う。
こいつとの三回目の旅もおしまいだ。名残惜しいし、それに――
「寂しいわ……」
「あー……うん、そうだね……」
姫とダンの足元に帰還の魔法陣が描かれ始める。神が手配したのだろう。
「みんな……幸せそうで……姫、羨ましかった……」
さっきの仲間たちのことを思い出し、温かい気持ちと同時に、嫉妬のようなものを感じていた。
「たしかになー……」
「……姫には、家族がいないから……」
悲しくなって、下を向く。
「……オレたち、もう家族みたいなもんだろ?」
「え?」
顔をあげると、ダンのやつが少し照れたような顔で、でも、真っ直ぐ姫のことを見てくれていた。
「家族?」
「だってオレたち、もう三回も旅して、何年も一緒にいたじゃん。助け合って、支え合って。だから、オレたちは家族だ」
「家族……これが……」
胸の前で両手を握った。さっきまでの暗い気持ちは無くなって、今はポカポカしていた。
足元の魔法陣が光り出す。お別れだ。
「っ! 姫! また、あんたと旅したいわ!」
「おう! そんときはよろしくな!」
そう言って、笑顔を見せるあいつが姿を消す。現世に戻されたんだ。
「家族……姫にも家族が出来たんだ……」
嬉しかった。温かかった。
姫は、疫病神と言われて、天界でも他人と距離を置いていた。女神たちは気にしてないようだったけど、ひどいことを言われるのが怖くて、自分から近づこうとはしなかった。
だから、ずっと一人なんだと思ってた。
今は、違う。姫にも大切な家族が出来たんだ、一人じゃないって、思うことができている。
でも、姫は、家族と言われたことで、また仲間たちを思い出す。
抱き合う夫婦たち、抱きつく子どもたち。
「姫も、あんな風になりたいな……ダンと……」
そして姫は、天界に転送された。
次にあいつと会えるのはいつだろうか。