「家族って……いいわよね……」
フードコートで小さな子どもに離乳食を食べさせている家族を見て、姫ちゃんが呟いた。オレもそれを見てから同意する。
「そうだね。憧れるよね」
「あんたも……子どもとか……欲しかったりするの?」
「そうだな〜。年齢的にもそろそろ欲しいような気もするね。でも、まずは結婚しないと」
イーリスの花嫁姿を思い浮かべ、ちょっと照れる。いつか、あいつとはそういう関係になるのだろうか。
「そう……」
姫ちゃんはなにか考え込むような顔をしてから真顔に戻り、残りのハンバーガーを食べ終えた。
それからオレたちはフードコートを出て、再びモール内をぷらぷらした。
しばらくしたら『飽きた』と言われたので、ゲームセンターで遊ぶことにする。ここでは姫ちゃんに対して姫プしてあげることにした。
「あはは! あんた弱っちいわね!」
カーチェイスで勝利した姫ちゃんが嬉しそうにする。手加減してるのがバレてないようでよかった。楽しそうにしてくれてオレも嬉しくなる。
それから映画館を覗いて、「今度来たときはこれを見ましょ!」と約束してから帰路に着くことにした。
帰りのバスの中、あと少しでオレたちの最寄駅に着くというタイミングで隣の姫ちゃんが口を開いた。すごく小さい声だったと思う。
「子ども……欲しいのよね?」
「へ? あぁ、うん、さっきの話? そうだね。たしかに、欲しいと思うよ」
世間話かと思いながら、軽く答えたが、姫ちゃんから答えが返ってこなかったので、あの子のことを見た。
窓辺に座るあの子は、夕焼けに照らされながら下を向いて、両手を膝の上で握りしめている。
「……姫が……産んであげよっか?」
「……ん?」
『なんの話だ?』と思い、顔を見ると、姫ちゃんは真っ赤になってプルプル震えていた。
「え?」
聞き間違いか? いやでも……
「姫とデートしたってことは……もう、姫たち……夫婦よね……」
矢継ぎ早に、予想外のことを言われ、オレの混乱は加速していった。
「へ? ……いやいや、それはさすがに……産んであげるって?」
「次は、伏見駅前、伏見駅前」
姫ちゃんから答えを得る前に、アナウンスが流れ、バスが停車する。
「ほら! 降りるわよ!」
そう言われ、肩を押されてしまった。
「あ、ああ……うん……」
オレは呆然としながらバスを降りた。
姫が産んであげようか? なにを? 子どもを? 誰の? オレの?
いやいや、そんなバカな……
「ちょっとあんた!」
「はい!」
頭を高速回転させているところ、後ろから大きな声で話しかけられ、ビクッとする。
振り返ると、両手を腰に当てて頬を染めている姫ちゃんがオレのことをまっすぐ睨んでいた。
「しゃがみなさいよ!」
「わかりました!」
咄嗟のことで、なんの疑問も覚えず言う通りにする。
すると、姫ちゃんが近づいてきて、オレの顔を両手で包み込むように触れてきた。そして――
ちゅ。
頬にキスされてしまう。
「あああ、あんたの! お嫁さんになってあげる! 感謝しなさいよね! じゃあね! また明日!」
それだけ言って、走り去っていく姫ちゃん。
残されたオレは、中腰をやめ、姫ちゃんの背中を呆然と見つめ続ける。
右手で頬に触れ、キスされたことと、言われたことを思い出しても、
「……なんで?」
そう、呟くことしかできなかった。