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第41話 浮気現場

 姫ちゃんとのデート翌日、首を傾げながらイーリスと一緒にファミレスに出勤した。


 『姫が産んであげよっか?』

 『お嫁さんになってあげる』


 昨日言われたことを思い出す。何度思い出しても実感が湧かない。


 姫ちゃんって、オレのこと好きだったの? マジで?


「勇者ダン」


「んー?」


「昨日から考え込んでいるようですが、どうかしましたか?」


 休憩室で鞄を机に置いたところでイーリスがオレの前に立ってじっと見つめてきた。


「いや、昨日のデートのことでさ……」


「姫さんとはうまくいきそうですか?」


「んー……なんか……不思議なことに上手くいきそうなんだよね……」


「なにが不思議なんですか?」


「いやだって、散々オレのことバカバカって言ってた子がさ、オレのこと好きだなんて、信じれなくて」


「勇者ダンは鈍感ですからね」


「そんなことないし……」


「私の気持ちにも気づかなかったくせに、否定するんですか?」


「……その節はすみませんでした……」


「いえ、いいんです。でも、姫さんのことも、ちゃんと考えてあげてください」


「はい……」


「……ところで、姫さんにはなんて言われたんですか?」


 イーリスがなおも無表情でオレを見つめ続ける。


「子ども産んであげるって……それに、キスもされちゃった……ごめん……」


「なにを謝ってるんですか?」


「浮気かなって……」


「私は姫さんとならいいって……いえ、嘘ですね。キスされたと聞いて、なにか胸がモヤッとしました。これが嫉妬なんでしょうか?」


「オレに聞かれましても……」


 イーリスに質問されて、すごく後ろめたくなってきた。彼女の純粋な目を見ることができず、目をそらす。


「勇者ダン」


「なに?」


「キスしましょう」


「え? いや、ここ職場……」


 言い終わる前に首に手を回され、唇を奪われてしまった。


「むちゅ……ちゅ……」


 ついばむように何度もキスされる。


「イーリス! まずいって!」


「そうですか? でも、ちょっと胸のモヤモヤが取れましたよ?」


「……そんなに嫌なら、やっぱりオレはイーリスとだけ……」


「いえ、姫さんのこともお願いします。勇者ダンは、女神が人間に恋するということを――」


 バン! 扉が乱暴に開けられる音が聞こえてきた。


「え!? 姫ちゃん!? どうしたの!」


 続けて、廊下の向こうから成瀬さんの声が聞こえてくる。


 何事かと、すぐに廊下に出て、声のする方へ向かった。


「天城さん! 姫ちゃんが泣きながら出て行っちゃった!」


「え?」


 まさか、オレたちがキスしてるのを見て?


「勇者ダン、どうしましょう」


「どうしましょうって……」


 オレにもわからなかった。


「男なら、女の子泣かせたなら追いかけなさい!」


「わ! わかった!」


 成瀬さんに背中を叩かれ、自分がやるべきことに気づく。


 外に出て、姫ちゃんの姿を探すが見つからない。


「どこに!?」


 焦りを抑えて走り出す。そして、三つのスキルを同時に発動した。


「サークルサーチ! 捜索の陣! 気配察知スキルオン!」


 ここまでしなくても、女神ほどの膨大な魔力を持つ者ならすぐに見つかるはずだ。


 でも、見つからない。それはつまり……


 足を止める。


「勇者ダン! はぁはぁ……姫さんは?」


「見つからない……気配がない……」


「勇者ダンが見つけられない、ということは……天界に帰ってしまったということですね……」


「ああ……」


 そうだ。オレが見つけれないなら、それしか考えれなかった。


「……さっき、イーリスが言おうとしていたこと、続きを聞いてもいいか?」


「はい。女神が人間に恋するというのは、本来は禁忌なんです。もし、結ばれることになれば、その女神は天界への帰還が不可能になります。つまり、全てを捨てる覚悟がある、ということなんです」


「……そっか……それなのにオレは……最低だな……」


「いえ、そんな……勇者ダンは最高です。今回のことは、私もサポート不足でした。すみません」


「ううん、イーリスはなにも……ごめん! もうちょっと探してみるよ!」


「でも……はい」


 それからオレは、どこを目指すわけでもなく走り続けた。現世に姫ちゃんがいないことは分かりきっているのに。


 結局、一日中走り回っても、あの子の姿を見つけることは出来なかった。

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