姫ちゃんとのデート翌日、首を傾げながらイーリスと一緒にファミレスに出勤した。
『姫が産んであげよっか?』
『お嫁さんになってあげる』
昨日言われたことを思い出す。何度思い出しても実感が湧かない。
姫ちゃんって、オレのこと好きだったの? マジで?
「勇者ダン」
「んー?」
「昨日から考え込んでいるようですが、どうかしましたか?」
休憩室で鞄を机に置いたところでイーリスがオレの前に立ってじっと見つめてきた。
「いや、昨日のデートのことでさ……」
「姫さんとはうまくいきそうですか?」
「んー……なんか……不思議なことに上手くいきそうなんだよね……」
「なにが不思議なんですか?」
「いやだって、散々オレのことバカバカって言ってた子がさ、オレのこと好きだなんて、信じれなくて」
「勇者ダンは鈍感ですからね」
「そんなことないし……」
「私の気持ちにも気づかなかったくせに、否定するんですか?」
「……その節はすみませんでした……」
「いえ、いいんです。でも、姫さんのことも、ちゃんと考えてあげてください」
「はい……」
「……ところで、姫さんにはなんて言われたんですか?」
イーリスがなおも無表情でオレを見つめ続ける。
「子ども産んであげるって……それに、キスもされちゃった……ごめん……」
「なにを謝ってるんですか?」
「浮気かなって……」
「私は姫さんとならいいって……いえ、嘘ですね。キスされたと聞いて、なにか胸がモヤッとしました。これが嫉妬なんでしょうか?」
「オレに聞かれましても……」
イーリスに質問されて、すごく後ろめたくなってきた。彼女の純粋な目を見ることができず、目をそらす。
「勇者ダン」
「なに?」
「キスしましょう」
「え? いや、ここ職場……」
言い終わる前に首に手を回され、唇を奪われてしまった。
「むちゅ……ちゅ……」
ついばむように何度もキスされる。
「イーリス! まずいって!」
「そうですか? でも、ちょっと胸のモヤモヤが取れましたよ?」
「……そんなに嫌なら、やっぱりオレはイーリスとだけ……」
「いえ、姫さんのこともお願いします。勇者ダンは、女神が人間に恋するということを――」
バン! 扉が乱暴に開けられる音が聞こえてきた。
「え!? 姫ちゃん!? どうしたの!」
続けて、廊下の向こうから成瀬さんの声が聞こえてくる。
何事かと、すぐに廊下に出て、声のする方へ向かった。
「天城さん! 姫ちゃんが泣きながら出て行っちゃった!」
「え?」
まさか、オレたちがキスしてるのを見て?
「勇者ダン、どうしましょう」
「どうしましょうって……」
オレにもわからなかった。
「男なら、女の子泣かせたなら追いかけなさい!」
「わ! わかった!」
成瀬さんに背中を叩かれ、自分がやるべきことに気づく。
外に出て、姫ちゃんの姿を探すが見つからない。
「どこに!?」
焦りを抑えて走り出す。そして、三つのスキルを同時に発動した。
「サークルサーチ! 捜索の陣! 気配察知スキルオン!」
ここまでしなくても、女神ほどの膨大な魔力を持つ者ならすぐに見つかるはずだ。
でも、見つからない。それはつまり……
足を止める。
「勇者ダン! はぁはぁ……姫さんは?」
「見つからない……気配がない……」
「勇者ダンが見つけられない、ということは……天界に帰ってしまったということですね……」
「ああ……」
そうだ。オレが見つけれないなら、それしか考えれなかった。
「……さっき、イーリスが言おうとしていたこと、続きを聞いてもいいか?」
「はい。女神が人間に恋するというのは、本来は禁忌なんです。もし、結ばれることになれば、その女神は天界への帰還が不可能になります。つまり、全てを捨てる覚悟がある、ということなんです」
「……そっか……それなのにオレは……最低だな……」
「いえ、そんな……勇者ダンは最高です。今回のことは、私もサポート不足でした。すみません」
「ううん、イーリスはなにも……ごめん! もうちょっと探してみるよ!」
「でも……はい」
それからオレは、どこを目指すわけでもなく走り続けた。現世に姫ちゃんがいないことは分かりきっているのに。
結局、一日中走り回っても、あの子の姿を見つけることは出来なかった。