伏見稲荷大社、千本鳥居で有名な神社の前までやってきた。
神社がある山を見上げると、不自然に人がいないことが見て取れた。平日であろうと、多くの観光客で賑わう観光スポットに人がいないのは、とても不気味に感じる。
よく見ると、人払いの陣が境内の所々に描かれていた。あれによって普通の人間は近づけないのだろう。
境内に足を踏み入れ、神社を通り過ぎ、山頂への道に辿り着くと、千本鳥居が迎えてくれた。階段が山頂を目指し、階段を囲い込むように真っ赤な鳥居が並んでいる。
時刻は夕刻、隙間なく建てられた鳥居を赤い日差しが照らし出す。鳥居をくぐれば、異世界へと繋がるのではないかと錯覚させる不気味な雰囲気を醸し出していた。
だが、そんなことを気にしている暇はない。姫ちゃんの元に急ごうと思い、階段を上っていく。
数分のぼり、そろそろ姫ちゃんと会えるはずだというところまで来た頃、赤い空が黒い霧に包まれはじめた。その霧は、すぐに太陽の光を取り込んでいった。
あたりを暗闇が支配し、境内に明かりがポツポツと灯り出す。オレンジ色の火の玉がゆらゆらと空中に浮いていた。
「姫ちゃん……」
何本もある赤い鳥居の向こう。階段の先に、見知った少女の影が照らし出された。
でも、三日前のように、現世の服を着て、オレに笑顔を見せてくれた姫ちゃんではなかった。
黒い着物を着て、刀を抜いた状態で暗い顔をしている。
姫ちゃんが異世界で戦う時の装いだ。
吸い込まれそうな漆黒の着物には、彼岸花が数輪咲き誇り、腰には赤い帯を結んでいた。着物にしては珍しく半袖で、スカート丈は膝上までの長さしかない。そのミニスカートは着物というよりもフレアスカートのような形で、大きく広がっていた。
下駄を履いている足には黒の短い靴下、ツインテールを纏めるリボンだけがいつもと同じ赤いリボンだった。
もう一度顔を見る。目を合わせてくれない。姫ちゃんは、初めて異世界で会ったときのような表情をしていた。
誰も信じていない、あの時の顔だ。
オレのせいで、あの時の寂しい姫ちゃんに戻してしまったと思い、ズキリと心が痛くなる。
「姫ちゃん! ごめん!」
彼女の暗い顔を見て、すぐに謝った。
「……なにが?」
オレと目を合わさずに答えが返ってくる。
「姫ちゃんの気持ちに応えようとしなくて!」
「……」
「オレ! ちゃんと考えるから! 一緒に帰ろう! 帰って! また一緒に働こう! 姫ちゃんもみんなとこっちで暮らして、楽しかっただろ!」
「……楽しかった? そんなの知らない……ちゃんと考える? 今更何言ってんの? ……信じれないわ。あんたの言葉なんて……あんな……姫をその気にさせといて……」
「ごめん! ちゃんと、今度こそ真剣に姫ちゃんと向き合うから!」
「だから! 信じれないって言ってるでしょ!」
激昂したかと思うと、姫ちゃんが刀を構え、思い切り飛び込んできた。早い。
「くっ!?」
オレはギリギリのところで身をかわす。
「やめてくれ! 姫ちゃん!」
「いやよ! ぶっ殺してやるんだから!」
剣戟は止まらない。鋭い剣筋でオレの首を、心臓を、的確に狙ってくる。
鳥居の間に挟まれ、左右に大きく動けないオレは、少しずつ後退しながら対話を続けた。
「お願いだ! どうしたら信じてくれる!?」
「……」
姫ちゃんが数段上で止まってくれた。
「……姫の質問に答えなさい」
「そしたら話を聞いてくれる?」
「……どうかしらね」
「わかった。なんでも聞いて?」
「聞きながら殺してあげる!」
再び刀を振りかざされる。オレはたまらずに短剣を取り出し、逆手に構えてそれを受け止めた。
「……あんたも姫を傷つけるのね……」
「違う! これは!」
「もういいわ! 一つ目の問いよ! あんた! この土地に引っ越してきたわね!?」
剣戟を再開しながら謎の問いを投げかけられる。
「へ? あ、ああ! 東京から越してきた!」
よくわからないが真摯に答えることにした。
「ふん! そのままいるが吉、だったんじゃない? 『一つ』……」
「ど、どういうこと?」
ガキン! 思い切り刀を振りきられ、吹き飛ばされた。数段下の階段の上に着地する。
「あんた……姫のこの刀、直したわね?」
また謎の質問だ。ゆっくりと暗い顔で近づいてくる。
「え? うん。姫ちゃんとこっちで再会したときにね? あのときはごめんね。刀折っちゃって」
「直すべきじゃなかったんじゃない? ……『二つ』!」
鳥居を数本、根本から切り裂き、それを下駄で蹴り飛ばしてくる。バキバキと間の鳥居たちが破壊され、オレに向かって飛んできた。
「バチ当たりすぎ!」
オレはたまらずそいつらを受け止めて、隣にそっと下ろした。
「……旅行、楽しかった?」
壊れた鳥居の上に立ち、オレのことを見下しながら質問が続く。
「……海のこと? もちろん!」
「控えるべきだったわね? ……『三つ』!」
飛び降りながら、鬼の形相で刀を振るわれ、短剣で受け止める。目の前に姫ちゃんがいた。
「そんなことないだろ! すごく楽しかった! 行ってよかったよ! 姫ちゃんの水着も可愛かった!」
「っ!? この変態!!」
今度は姫ちゃんが後ろに飛び、距離をとった。変態と言われ、いつもの姫ちゃんに戻ったかと思ったが、まだ闇を纏った表情をしている。
それにしても、この質問、呪術かなにかか?
さすがに不自然すぎてそこに思い当たる。これ以上、答え続けるのは危険か? そう考えた矢先に――
「姫の質問に答えなかったら、一生あんたのこと嫌いになるわ」
「……そんなのずるいよ……」
答えない、という選択を潰された。
オレは、生唾を飲んでから決意する。
彼女の言葉には、必ず真摯に答えると。