戦いのさなか、姫ちゃんからの謎の質問は続いていた。
「……あんたさっき、犯罪者たちを拘束したわね?」
「ああ、そうだね。さすがにあれはやりすぎじゃない? オレたちのケンカに他人を巻き込むのは違うよね?」
「うるさいうるさい! あんたが最初に向かった方角はなに!」
「……北東」
「次に向かったのは!」
「……南西、だけど……」
「鬼門! 裏鬼門! 『四つ』! 『五つ』! ……ふふ、もうちょっとね?」
「何する気なの?」
「もう少しでわかるわ。ほらほら! 全力で来なさいよ!」
また高速で距離を詰められ、何発も打ち込まれて後退を余儀なくされる。
あまりの猛攻にジリジリと下がらせられ、すぐ後ろに鳥居がきてしまった。背中が触れる。もう下がれない。
ニヤリ。不敵な笑みを浮かべる姫ちゃんが低く構え、刀を鞘にしまう。抜刀術がくる。身構えると、すぐに刀を抜いて一瞬のうちに五発の剣戟を繰り出してきた。
オレ自身への剣筋はなんとか捌ききったが、背中の鳥居がバラバラに斬り刻まれ、背中の支えが消える。
それと同時に腕に蹴りを入れられ、勢いを殺すために後ろに飛び退いた。
階段を外れ、土の地面に足をつく。
「ふふ……ねえ? あんた、それ、何踏んでるの?」
「え?」
指摘され、オレは自分の足元を見る。
「なんだこれ?」
オレの足元には不自然に盛られた土の塊があった。それを踏んづけて崩してしまったみたいだ。
「崩すこと勿れ、『六つ』。あと一つよ?」
呪術の儀式が完成しつつあるようだ。
でも、そんなことはどうでも良かった。
オレは、目の前の女の子と仲直りしたい、その一心しか考えてなかった。
だから、どうしてこんな中途半端な態度を取ってしまったのか、素直な気持ちを口にすることに決める。
「姫ちゃん……あのさ、オレ、姫ちゃんのこと……たぶん、好きなんだと思う……だけどね。姫ちゃんは、ずっとオレのことバカだって言ってて。ああ、この子は妹みたいなもんだな、家族にはなれたけど、そういう、男女の、特別な関係にはなれないんだなって諦めたんだ……」
「……なによそれ……そんなの知らない……」
姫ちゃんが笑うのをやめ、オレの言葉を聞いてくれる。
「初めて言ったからね……だから、最近の、こっちで会った姫ちゃんと、異世界での姫ちゃんとのギャップに戸惑ったんだ。戸惑って、そんなはずがない。姫ちゃんがオレのこと好きなはずがないって思って、中途半端な態度をとった。……だから、ごめん……」
「……それで?」
「そ、それで? ……えっとえっと……」
「あんた……イーリスと結婚したの?」
「け、結婚? 結婚は、まだ、してない」
「まだ……」
「……お付き合いはさせてもらってます……」
「っ!? 待ち人こず! あんたに彼女なんて百万年早いわ! あんたは姫とまた異世界に行って! 姫と結婚するだから! 『七つ』!」
「ちょ! ちょっと待って! その件についてはもう一度話し合おう!」
「うるさいバカ!! 殺す殺す!! 殺して姫の物にしてやるんだから!」
言いながら、姫ちゃんが刀を前にかざし、一文字の構えを取る。刀の先端に左手の掌をかざした。
刀の前に魔法陣が展開される。
「七つの厄災を集約し! 七つの苦しみを持って必殺とせん! 我! 凶を司る神! 霧刃の金神姫なり! 【七殺】!!」
詠唱が終わると、オレの頭上に七つの魔法陣が現れた。
なんだこれ!? まずい! 逃げないと!
本能的に危機を察して逃げようとしたときには、身体が動かなくなっていた。
「一つ……」
「ぐっ!?」
姫ちゃんが呟くと、とんでもない重力で押し潰されそうになる。
「ガントレットブースト! 身体強化!」
白金の徹甲を腕に顕現させ、重力に耐える。
「二つ……」
「がぼぼ!?」
あたり一面が水に覆われ、水球の中に閉じ込められた。
「バーストリンク!!」
身体を溶岩のように熱くし、水球をすべて蒸発させ、脱出する。
「三つ……」
バシッ! オレの左手が勝手に動き、頭スレスレのところで弓矢を受け止める。
どこから現れた? オート防御スキルをオンにしてなかったら頭を貫かれていた。
「四つ……五つ……六つ……」
足元に黒い炎、首に白蛇が巻きつき、毒霧が肺に叩き込まれる。
「炎熱耐性スキル最大! 破魔の陣! 全てを浄化せよ! ホーリーヴェール!」
「……七つ……」
姫ちゃんが少し寂しそうな顔をして、左手を前に出した。
手のひらをオレに向けて、握り潰す。
「ガハッ!?」
オレは胸を押さえてうずくまり、吐血する。心臓を潰された。
膝から地面に崩れ落ちる。
「……これで……あんたは姫の物よ……あっちで、絶対惚れさせてやるんだから……」
姫ちゃんが近づいてきて、頭上で声を発する。
「ぐぼっ! ……オレはもう、姫ちゃんに惚れてるよ……」
「嘘よ……」
「嘘じゃない……」
「うそうそ! あんたのことなんか大っ嫌い! 嫌い嫌い!! 好きなら! 姫の物になってよ! 大っ嫌いなんだから!!」
「……リザレクション」
オレの身体が光り輝き、心臓が再生される。
息ができるようになり、立ち上がった。
あの子はもう、下を向いて、何もしてこない。苦しそうに、歯を食いしばっていた。