「化け物ね……」
姫ちゃんは立ち上がったオレを見て、どこか諦めたような顔をした。
「姫の、必殺だったのに……」
「一応、百戦錬磨の勇者だからね」
「……ぐす……そんなに……そんなに……姫と異世界に行きたくないの?」
カラン……姫ちゃんが刀を落として、ポロポロと涙をあふれさせてしまった。
「そんなことは……いや、異世界には行きたくないかな。こっちで普通に生きたいから」
「やっぱり……姫のこと、嫌いなんだ……」
「それは違うってば」
「嘘よ! だったら死んでよ! 死んで姫と一緒になってよ!」
泣きながら、胸を叩かれる。力は入っていない。トントンと優しく、何度も、何度も叩かれた。
その様子を見て、決心がついた。姫ちゃんの両肩を持って、語りかける。
「こっちで、幸せになろう?」
「……なによそれ……」
「好きだ。姫ちゃん、オレと付き合ってください」
「……イーリスは?」
「い、イーリスとも、引き続き、付き合いたいです……」
「サイテー……」
「ごもっともで……」
「でも……いいわよ……」
「ホントに?」
「だって……あんたのこと、殺せそうもないし……殺したいほど憎いけど……」
「そんな……憎いなんて……好きだって言ってくれたのに……」
しょんぼりと項垂れる。悲しくなって目を閉じた。
告白……成功したんじゃなかったの?
「……あんたのこと……殺したいほど憎くって、殺したいほど、大好きよ……」
ちゅ。唇になにかが触れて目を開けると、背伸びした姫ちゃんの唇がオレの唇に触れていた。
小さくて柔らかな姫ちゃんの感触が伝わってくる。感触がなくなり、下から覗き込まれる。
「大好き……ずっと、好きだった……」
真っ赤な顔でうるうると見つめられる。
「……オレも大好きだ……」
姫ちゃんと抱き合って、気持ちを伝えあってから、しばらく時間が経った。
お互いの体温を感じ合い、二人とも生きてるんだって、大きな安心感を得たころだった。
「ごめんね……」
「なんで謝るのよ?」
オレの胸に頬を当てていた姫ちゃんが顔を上げ、オレのことを見る。
「こんな……堂々と浮気するような男を好きになってくれて……ごめん……」
「……ふん! 女神的にはわりと普通だけどね! 一夫多妻なのは!」
ぷいっとそっぽを向いて、いつも通りの態度を取った姫ちゃんが不思議なことを言い出した。そこで疑問が生まれる。
「……ん? じゃあ、なんで、あんなに怒ってたの?」
姫ちゃんが泣きながら現世から姿を消した時のことだ。イーリスとオレのキスシーンを見たから激怒したんだと思ったのだが。
「あんたは姫だけの下僕でしょ? 誰かの物になるのが気に入らなかったのよ。じゃ、帰りましょうか」
オレの腕の中から離れ、腕を組んで偉そうにしながら歩き出してしまった。後を追う。
「んー? つまり、ここまで騒ぎを起こしておいて、神社を破壊して、犯罪者を暴れさせて、オレの心臓を潰した理由が?」
「イーリスに先を越されて、なんかムカつくから」
「……」
オレは破壊された鳥居を見て、もう一度姫ちゃんを見た。
「これ、直せるんだよね?」
「直せないわ。姫、壊すのは得意だけど、直すのは苦手なのよ。あんたも知ってるでしょ?」
悪びれもしない。こいつ……
「あんたが直しなさいよ」
「オレだって無機物の再生はできないよ……」
「ふん! だっさ!」
……なんだぁ? このクソガキ?
さっきまでのことを思い出す。
姫ちゃんはたしかに泣いていた。オレのことを好きだって気持ちは本物だった。でも、なんか納得がいかない。
いかんいかん。ここは冷静に大人として、このクソガキを反省させねばならない。
「あのね、姫ちゃん、これは流石にやりすぎだよね? ごめんなさい、できるかな?」
「うっさいわね! このクソばか! あんたがグズでバカで! ノンデリだからでしょ! 姫のことだけ愛しますって言いなさいよ! バカバカ! 絶対、謝らないわよ! バーカ!」
いつもの調子でバカを連発され、流石のオレもカチンときた。
そもそも、キミがそういう態度だから、童貞のオレにはキミがオレのことを好きだって気づけなかったわけだからね?
ここは、彼氏として教育してやらねばならない。
「姫ちゃん?」
「なによ?」
「キミはオレの彼女なんだよね?」
「そ、そうね……」
今更、赤くなってもじもじしだす。可愛いけど許さないよ?
「今回のこと、特に他人を巻き込んだこと、それに色々破壊したこと、謝りなさい」
「はぁ? だから、いやだってば。ばーか」
あっかんべー、されてしまった。はい、もう許さないよ。
オレは姫ちゃんに近づき、
「な、なによ?」
ひょいとお腹を持って抱き上げた。
「なにすんのよ!」
その状態でその辺のベンチに腰掛けて、膝の上に姫ちゃんのお腹を乗せる。背中を押さえて逃げれないようにした。
そして、スカートをぺろりと捲りあげる。赤と白の縞パンだ。
「何すんのよ! この変態!」
「ごめんなさいは!?」
パーン! オレはやや強めにクソガキのケツを叩いた。
「ひん!? いたいじゃない!」
パン!
「いた!」
パン! パン!
「ごめんなさいでしょ!」
「いやいや!! ばかばか! やめろー!」
パン! パン! パン!
「やめ! やめろ! うー!」
パンパンパンパン!
「う、うう……」
姫ちゃんが涙目になってきた。一旦叩くのを止める。
「やり過ぎました、ごめんなさい。だろ?」
「……ばーか……」
パン!! パーン!!
「いたいいたい! やめて! ……やめてください!」
「ごめんなさいは?」
「……ごめんなさい……」
「もう一度」
「やり過ぎました。ごめんなさい。もうしません……」
「よしよし、いい子だね」
オレはケツを叩くのをやめて、少しさすってから姫ちゃんをお姫様抱っこする。
「帰ろっか」
「……変態……」
「まだわかってないのかな?」
「……」
ぷいっ!
『もう謝らないんだから!』そう言わんとばかりの姫ちゃんの横顔を見て、少し笑ってしまう。
一応、反省したみたいだし、今日はこれくらいで許してやろうと思う。
オレは姫ちゃんを抱えたまま、イーリスが待つ自宅に戻ることにした。
こうしてオレには、二人目のとても可愛い彼女ができたのだった。