「……お姉さま」
呆れを隠さずにそう告げると、お姉さまが顔を上げた。もうすぐ二児の母になるというのに、こんなんで大丈夫だろうか。
「シャルロット、綺麗ね……ううん綺麗なのは元からだけど、髪と髪飾りとドレスと靴とお化粧が全てを引き出しててなるほど女神ってこういう事……」
「頑張った甲斐がありました……いえ他の仕事だって勿論きっちりやりますけど、他ならぬシャルロット様のお輿入れのドレスを任せて頂いたんですもの、寝る間も惜しんで心血注いで作るに決まってます……」
「流石職人だわリーユ……最高の仕事だわ……仕事は最高なんだけど……」
「分かってますスカーレット様……スカーレット様も髪飾りとかベールとか小物とかでお手伝い下さって、更にシャルロット様の魅力が倍増するような仕上がりになりました……けど、ドレスその他が完成したという事はつまり……」
ぼそぼそと会話しながら、お姉さまと仕立て屋のリーユが手を取り合って泣き始めた。今生の別れという訳でもないのだから……とは思うが、まぁ、寂しいと思う気持ちは確かに私にもある。
「ご結婚おめでとうございます。今度こそ、貴女に幸せが訪れますように」
「おめでとうシャルロット。何かあれば連絡しなさい、ここが君の実家だ」
「ありがとうございます」
染め物工房のロレーヌとお義兄さまが来てくれたので、ほっと息をついた。ちらりと視線だけで合図を送ると、それぞれ幼馴染と妻を慰め始めてくれる。
「シャルロット様、お元気で」
「いつでも帰ってきて下さい」
今度は孤児院の子達が来てくれた。目に涙を一杯溜めながら、それでも笑顔で花束を渡してくれる。
「いやはや、凄い人気者だな」
「アルフレッド様」
傍らに来た結婚相手の名前を呼ぶと、彼はにかっと笑ってくれた。屈託のない笑顔に、温かい気持ちになる。
「これだと俺、君を連れ去る悪者にならないか?」
「大丈夫ですよ。アトラス伯爵は、別れを惜しむ間もなくお姉さまを問答無用で領まで連れて行ってしまったので」
「でも、それは君が彼に頼んだからだったんだろう?」
「さぁ、どうだったかしら」
それは内緒の話なので、そう言って聞き流す。そういう事にしておこうと言ってくれたアルフレッド様が、私の肩に腕を回して彼の方へ私を引き寄せる。
「今度は君が幸せになる番だ」
「……私は、もう十分幸せですよ?」
両親には恵まれなかったけれど。最初の結婚相手は酷いものだったけれど。それでも、私を愛して心を尽くしてくれた人達は、いてくれた。
「もっともっとだ。幸せに際限なんてないんだから」
「そんなにも過分な幸せを手にしたら、すっかり溺れてしまいそう」
「良いじゃないか、溺れたら。シャルロットはずっと苦労してきたんだ、それだけの権利がある」
「そうですか? それなら」
一旦言葉を切って、アルフレッド様の腕の中から抜け出す。彼と向かい合わせになって、そっと彼の右手を両手で包んだ。
「不束者ですけれど、末永く宜しくお願いしますね」
同じ高さにある瞳をじっと見つめながら、両手に力を込める。アルフレッド様のお顔がみるみるうちに赤くなっていって、彼の瞳が煌めき始めた。
「こちらこそ。全力で君を幸せにしてみせるから、覚悟しておくんだな」
「まぁ、怖い」
彼の宣言にそう答えて、二人視線を合わせくすくすと笑い合う。
さぁ、今度は自分の幸せを掴みに行こう。