「……ほ、ほんとに……あった……」
僕は、その光景に足を止めたまま、ただ呆然と立ち尽くして"そこ"を見ていた。
人気のない住宅街の外れ──夜の空き地に、確かに何かが存在していた。
こんなもの、昼間に通ったときにはなかった。……いや、そもそもこんなの現実にあるのがおかしい。
だけど、そこにあるのだ。
──なにかが。
僕はゆっくりと胸ポケットに手を差し込み、カードを取り出す。
【貸出カード】──今朝、家の郵便受けに入っていたものだ。
宛名には僕の名前、そしてこの空き地の住所。
最初はくだらない悪戯だと思った。僕は小学校から高校の今までずっと、クラスで浮いた存在だったから。
いや、浮くことすら烏滸がましい、誰も僕にまともに話しかけてこないし、何かあると笑い者にされる。
そんな毎日には、もう慣れてしまっていた。
……でも、それでも、ほんの少しだけ、心のどこかで信じたかった。
ネットで囁かれていた噂。
──異世界図書館。
ある日突然貸出カードが届き、書かれた住所へ向かうと、夜の空き地に“図書館”が現れる。
「……ほんとに、あったんだ……」
この場所で、現実から逃げ出せるなら。
この場所で、僕の人生を変えられるのなら。
胸の奥で何かが静かに揺れた。
「……でも、怖い……」
足がすくむ。この先に進むと、もう元には戻れない気がする。
でも──
「……このまま、明日を迎える方が……よっぽど怖い」
僕は深く息を吸って、小さく吐いた。
そして、そっと、足元の立ち入り禁止と書かれた低い柵をまたいだ。
その瞬間、空気が変わった。
音が遠のき、世界の輪郭が静かに滲む。冷たい夜の風が頬を撫でる。
僕は、扉の前に立っていた。
カードを握りしめながら、ゆっくりとその手を取っ手に伸ばす。
ギィ……。
扉が重々しく開いた。
その奥には、まるで夢の中のような静かな図書館が、ひっそりと佇んでいた。
入ると奥の方から女性のような声が聞こえてきた。
???「お待ちしておりました。神谷れい様。」