月曜日、クラスメイトが亡くなって迎えた週明けは、トンネルの中で迎えた朝のような日だった。
クラスメイトは誰もがその事件を知っていながら、表立ってそれを口にする生徒はいなかった。
倫理観や、優しさからじゃない。ただ怖かったのだと、暁月は自分自身の気持ちから、そう思った。
朝のホームルームで、担任の先生は短く事件の説明をした。
「悲しい事件が起きました。
息が詰まるような沈黙の中で、先生の声だけが教室に響く。
「流々さんを刺したと思われる、
流々を刺した夾助も、同じクラスメイトだった。
二人は付き合っていたと言われている。けれど仲のいい恋人同士で、まさか殺人が起こるなんて誰も想像していなかった。
「突然のことで、みんなどうしたらいいかわからないと思いますが……」
どこか皆、うつろな目で先生を見上げていた。無意識に助けを求めていて、担任もそれに応える言葉を持っていないようだった。
そのとき、教室に一人の先生が入ってきた。
担任の横に並んだのは、高宮だった。彼は担任と協力してプリントを配ると、生徒たちに言った。
「先生たちは、みなさんを心配しています。アンケートを作成しましたので、不安がある生徒さんは遠慮なく記入してください。秘密は守られます」
暁月がプリントをめくると、「眠れない」「いらいらする」「涙が出る」など二十ほどのチェック項目と、自由記載欄のあるアンケートだった。
こういう異常事態のときこそ、カウンセラーの先生の出番なのだろう。高宮がやって来たのは、不幸中の幸いだったのかもしれない。
……それともこうなることがわかっていてやって来た? 暁月は一瞬自分の考えたことがあまりに悪意的で、高宮にというより自分に嫌悪感がした。
暁月はアンケートから顔を上げて高宮を見た。他の生徒たちはアンケートを書いていたから、ちょうど高宮と目が合った。
高宮は何も言わなかったが、暁月の物問いたげなまなざしを穏やかに受け止めた。先生はいつでも相談を受けますよと言っているようで、暁月は最初に高宮のことを聞いたときのような、淡い甘え心を抱いた。
だけどこんな事態だというのに、高宮に助けを求めるのは何か恥ずかしい気持ちがしていた。どうしてか高宮に、自分は弱い子どもじゃないと意地を張っていたかった。
ホームルームが終わって、授業が始まる。受験を控えている三年生は、この異常事態でも授業を止めるわけにはいかないのだろう。
暁月は窓から空を仰いで、今週はずっとこの曇天だろうかと思った。冬空に明るい陽射しはなく、重苦しい空気が垂れこめる。
「一発の銃声で、戦争の世紀が始まります」
世界史の先生が、近代の転機を話している。第一次世界大戦の幕開け、その後の陰惨な歴史は子どもでも知っているが、自分たちはその終わった後の世界を生きている。
過酷な時代を生きてきたはずが、昔はよかったと言う大人たち。時々、大人たちの語る昔は幻想で、実は何もなかったんじゃないかと思うことがある。
過去が何もない真っ白な世界だったら、いいな。それで未来だけ明るければ、誰も心の悩みなど抱えやしないんじゃないだろうか……。
そんなことをぼんやり考えていたら、昼休みに面談室の前を通りかかった。
「あ」
声をかけようとして、できなかった。深刻な表情で面談室に入って行ったのは、友だちの春海だったからだった。
はっきりと暁月に話したことはないが、春海は流々のことが好きだった。流々は大人しい子で、引っ込み思案だったが、はにかむ顔がかわいい子だった。派手好きで他の女子にも人気だった夾助より、よほど春海との方が良い恋人同士になれるような気がしていた。
ふと辺りに人気がないのを確かめて、暁月はふらりと面談室に近づいた。
どうしてそんなことをしようとしたのかわからない。
設備の古い面談室は、壁に近寄れば中の声を聞くことができる。春海が心配だったというより、春海と高宮が何を話すのかが気になった。
春海の声は小さすぎて聞こえなかった。けれどそれに返した高宮の声は、柔らかく美しく響いた。
「あなたの思いはわかりました。流々さんに、とても純粋な気持ちを寄せていらしたんですね」
高宮は理想のカウンセラーそのものの声色で、春海に応える。
「先生はあなたの気持ちを応援したい。あなたの手にそれがやって来たのも運命でしょう」
「それ」がやって来た? 暁月は不可思議な言葉に眉を寄せて、もっと話を聞こうと体を近づける。
でも高宮が次の瞬間口にした言葉に、暁月は凍り付いた。
「……それであなたの悪を貫きなさい、春海さん」
高宮はまるでこれから試験に挑む生徒に対するように、優しく励ましたのだった。