火曜日の朝は、誰も想像していなかった情報で埋め尽くされた。
担任から、クラスの生徒と保護者に一斉にメールが届いたのだ。
「古谷夾助さんが何者かに刺されて亡くなりました。犯人はまだ捕まっていません。近隣に犯人が潜んでいる可能性がありますので、クラスの皆さんは外出しないでください」
学校側は保護者一人一人に電話もかけていて、決して外に出ないようにと呼びかけていた。
流々を殺したと言われている夾助が、今度は誰かに殺された。犯人は想像が……ついていないわけではなかった。
暁月は昨日、高宮が春海に殺人をそそのかすのを聞いた。でもまさか春海がその通りに実行したとは信じられない。
春海は暁月が遅刻しても、借りた本を返すのをすっかり忘れていても、「全然いいよ」と微笑んで許してくれる、優しい性格の友だちだ。暴力的なところなど欠片もなくて、たとえ流々のことが好きだったとしても、誰かを刺し殺すなんて考えられなかった。
でもそれなら、夾助が流々を刺したというのだって未だに信じられない。夾助は流々と付き合いながら、他の女子ともよく一緒にいた。そういうことで流々が嫉妬したのならともかく、逆は奇妙だった。
……ただ人の心は周りが考えるよりずっともろいものだと、暁月は知っている。
暁月は空っぽのリビングで立ち上がって、玄関に向かった。
暁月は先生からのメールで外に出ないようにと言われているが、朝出勤した父親からは何も言われていない。父親にもメールは届いているだろうが、たぶんいつものように読み飛ばしているのだろう。
……仕方がない。兄が死んでから父の心は壊れてしまっている。暁月も、今更父に守ってもらおうとは思っていなかった。
暁月は外に出て、春海が行きそうな場所を探した。熱心なクリスチャンの家庭に生まれた春海は、高校生にしては驚くほど欲がなく、買い食いもめったにしない友だちだった。そんな春海が、遊び場の類に行くとは思えなかった。
無難なところで、駅や公園、図書館に堤防。でも殺人を犯した友だちが無難な場所に行くはずもない。暁月は歩きながら自分に呆れて、次第にただ通学路を歩いているだけになった。
子どもの頃から、この通学路を春海と歩いた。その途中、「止まれ」の標識を見上げて、ある日春海が言ったことがある。
――流々ちゃんと夾助くんは、子どもができるようなこと、二人でしてるのかな。
そのとき、暁月はこの友人も意外と男だったんだと思った。暁月も足を止めて、さほど下卑た調子でもなく返した。
――あの二人は、何となくまだの気がする。
――そうだよね。
それに応えた春海の声も平坦で、どうしてそんなことを訊いたのか不思議なくらいだった。
そうだな、したいよなとか、他の友だちなら冗談を言ったと思う。でも春海にはそんなことを言う気にはならなかった。彼は真面目で、もし彼の中に欲求があったとしても、表立ってそれを喜ぶような男じゃなかった。
春海は流々と、したかったのだろうか。そう思ったきりで、それ以上話も続けなかった。
――じゃあ僕はここで。
ふと暁月は道を折れて、通学路を離れた。いつも暁月と離れて春海が向かったところ、彼の安息の場所である教会へ。
果たして春海はその中にいた。
薄曇りの空から、ステンドグラスごしに灰色の光が入っていた。祭壇の下、春海は何かの宗教画のようにその人にすがりついていた。
「先生、僕を……してください」
……いや、抱きしめていると言った方がいいのか。春海はどこか野蛮な動物のように呼吸を吐き出して、彼を見下ろしていた。
男性は……高宮は、聖人のように華奢な腕で春海を抱きしめ返してささやく。
「いいですよ、隠してあげます。あなたの罪を」
その光景を見たとき、暁月の中に鮮烈な嫉妬が湧きあがった。
高宮瑞希に触れた。その事実が、刃のような感情に塗り替わる。
高宮は優しく諭すように言う。
「……運命がそれを許せば、ですが」
自分にも理由ができてしまった。そんなことを、冷めた劣情を抱えながら思った。