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第4話 時計塔の鼓動

 巨大な時計塔が目の前にそびえていた。


 石造りの塔は、まるで空を突き刺すように高く、頂上の巨大な文字盤は針が止まったまま。

 空は灰色で、霧が地面を這うように漂っている。

 まるで時間が凍りついた世界だ。

 俺、黒崎悠斗は、隣でガタガタ震える佐藤美咲をチラッと見る。

 彼女のメガネが曇ってるけど、目は怖がりながらもどこか好奇心でキラキラしてる。図書委員の地味なクラスメイトが、こんな状況で何でここにいるんだ?


「黒崎くん……ここ、どこ? さっきの図書室から急に……」


 美咲が小声で囁く。腕にしがみついてくるもんだから、ちょっと気まずい。


「俺も分かんねえよ。リナがなんかやったみたいだけど……」


 リナ。あの謎のクロノシフターの少女は、俺に「鍵の秘密を探る」って言って消えた。んで、俺と美咲はこんなわけわかんない場所に放り出されたわけだ。


「リナって、あの怖い女の人? 黒崎くん、なんであんな人と一緒にいるの?」


 美咲の質問に、俺は苦笑いする。


「一緒にいるってか、巻き込まれたんだよ。時間とか世界線とか、わけわかんねえ話にさ」


「時間? 世界線?」


 美咲が首を傾げる。説明しようとした瞬間、時計塔の文字盤が突然ガコンと音を立て、針が動き出した。


 カチ、カチ、カチ。


 その音に合わせて、地面が微かに振動する。まるでこの塔が生きてるみたいだ。


「何!? 地震!?」


 美咲がさらに俺の腕をギュッと掴む。


「いや、違う……なんか、ヤバい気がする」


 俺の背筋に寒気が走る。

 リナが持ってた黒い羅針盤が、俺のポケットの中で急に熱を帯び始めた。

 取り出すと、文字盤の記号が光って、まるで俺に何か訴えてくるみたいだ。


 その時、時計塔の入り口――巨大な鉄の扉が、ギイイと音を立てて開いた。


 中から現れたのは、黒いローブをまとった人影。

 リナと同じような雰囲気だけど、もっと背が高くて、顔はフードで隠れてる。

 手に持ってるのは、俺の羅針盤より一回り大きい、銀色の時計みたいな装置。


「『鍵』の持ち主、確認」


 低く、機械みたいな声。そいつの気配に、クロノハウンドとは違う種類の恐怖を感じる。


「誰だ、お前!? リナはどこだ!?」


 俺は美咲を背中に庇いながら叫ぶ。羅針盤を握りしめると、熱がさらに強くなる。


「リナ? ああ、あの失敗作か。彼女はもう用済みだ。君の『鍵』を渡せ、黒崎悠斗」


 そいつの言葉に、俺の心臓がドクンと跳ねる。リナが用済み? 失敗作? 何だよ、それ!?


「黒崎くん、危ない!」


 美咲が叫んだ瞬間、ローブの奴が銀色の時計を掲げる。

 空気が歪み、俺たちの周囲に無数の光の線が走った。

 まるで時間が糸になって絡みついてくるみたいだ。


「くそっ、何だこれ!?」


 俺は羅針盤を握り、必死に抵抗する。すると、羅針盤の光が爆発的に広がり、光の線を弾き返した。


「なっ!? やはり、君の鍵は特別だ……!」


 ローブの奴が驚いたように後退する。


「悠斗、イメージして! 逃げないと!」


 美咲の声が後ろから聞こえる。彼女の手が、俺の羅針盤に触れた瞬間、羅針盤がさらに強く光った。


「美咲、お前!?」


「分からないけど……なんか、感じるの! 黒崎くんの力、助けたい!」


 美咲の目が、いつもよりずっと強い光を帯びてる。地味な図書委員のあの目じゃない。


(こいつも鍵!? リナの言ってた通りか!?)


 考える暇もなく、俺は美咲の手を握り、羅針盤に意識を集中する。


(どこでもいい、俺たちを守れる場所!)


 光が爆ぜ、視界が白く染まる。


 目を開けると、俺と美咲は広大な砂漠にいた。

 空は青く、太陽がギラギラと照りつける。

 遠くに、壊れた時計塔の残骸が見える。

 さっきの塔とは違う、もっと古びたものだ。


「ここ……また別の世界線?」


 俺は汗を拭いながら呟く。

 美咲は息を切らして、でも興奮した顔で周りを見回してる。


「黒崎くん、すごいよ! 私、なんか分かった気がする! この羅針盤、黒崎くんの気持ちに反応してる!」


「気持ち? 俺、ただ逃げたいって思っただけだぞ」


「それでも! 黒崎くんが強く願ったから、私も一緒にシフトできたんだと思う!」


 美咲の言葉に、俺はハッとする。確かに、さっきの光は、俺一人じゃなく美咲と一緒にいたから強く光った気がする。


 だが、喜んでる暇はなかった。


 砂漠の地平線から、黒い霧が湧き上がってくる。

 クロノハウンドだ。

 しかも、さっきのローブの奴も現れた。

 銀色の時計を掲げ、冷たく笑ってる。


「逃げても無駄だ、鍵の持ち主。君の時間は、我々に属する」


「我々!? お前、クロノシフターじゃないのか!?」


 俺の叫びに、そいつはフードを外した。現れたのは、まるで人間じゃない顔――時計の文字盤みたいな模様が刻まれた、金属のような肌。


「我々は『刻の監視者』。時間の秩序を守る者。君の鍵は、秩序を乱す危険な存在だ」


その言葉と同時に、クロノハウンドが一斉に襲いかかってきた。


「美咲、離れるな!」


 俺は美咲の手を握り、羅針盤を掲げる。


「黒崎くん、信じて! 私も一緒に戦う!」


 美咲の声が、俺の心に響く。羅針盤が光り、時間が再びシフトする。

 次に現れる場所は、俺の鍵が選ぶ――いや、俺たちの鍵が選ぶ未来だ。

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