巨大な時計塔が目の前にそびえていた。
石造りの塔は、まるで空を突き刺すように高く、頂上の巨大な文字盤は針が止まったまま。
空は灰色で、霧が地面を這うように漂っている。
まるで時間が凍りついた世界だ。
俺、黒崎悠斗は、隣でガタガタ震える佐藤美咲をチラッと見る。
彼女のメガネが曇ってるけど、目は怖がりながらもどこか好奇心でキラキラしてる。図書委員の地味なクラスメイトが、こんな状況で何でここにいるんだ?
「黒崎くん……ここ、どこ? さっきの図書室から急に……」
美咲が小声で囁く。腕にしがみついてくるもんだから、ちょっと気まずい。
「俺も分かんねえよ。リナがなんかやったみたいだけど……」
リナ。あの謎のクロノシフターの少女は、俺に「鍵の秘密を探る」って言って消えた。んで、俺と美咲はこんなわけわかんない場所に放り出されたわけだ。
「リナって、あの怖い女の人? 黒崎くん、なんであんな人と一緒にいるの?」
美咲の質問に、俺は苦笑いする。
「一緒にいるってか、巻き込まれたんだよ。時間とか世界線とか、わけわかんねえ話にさ」
「時間? 世界線?」
美咲が首を傾げる。説明しようとした瞬間、時計塔の文字盤が突然ガコンと音を立て、針が動き出した。
カチ、カチ、カチ。
その音に合わせて、地面が微かに振動する。まるでこの塔が生きてるみたいだ。
「何!? 地震!?」
美咲がさらに俺の腕をギュッと掴む。
「いや、違う……なんか、ヤバい気がする」
俺の背筋に寒気が走る。
リナが持ってた黒い羅針盤が、俺のポケットの中で急に熱を帯び始めた。
取り出すと、文字盤の記号が光って、まるで俺に何か訴えてくるみたいだ。
その時、時計塔の入り口――巨大な鉄の扉が、ギイイと音を立てて開いた。
中から現れたのは、黒いローブをまとった人影。
リナと同じような雰囲気だけど、もっと背が高くて、顔はフードで隠れてる。
手に持ってるのは、俺の羅針盤より一回り大きい、銀色の時計みたいな装置。
「『鍵』の持ち主、確認」
低く、機械みたいな声。そいつの気配に、クロノハウンドとは違う種類の恐怖を感じる。
「誰だ、お前!? リナはどこだ!?」
俺は美咲を背中に庇いながら叫ぶ。羅針盤を握りしめると、熱がさらに強くなる。
「リナ? ああ、あの失敗作か。彼女はもう用済みだ。君の『鍵』を渡せ、黒崎悠斗」
そいつの言葉に、俺の心臓がドクンと跳ねる。リナが用済み? 失敗作? 何だよ、それ!?
「黒崎くん、危ない!」
美咲が叫んだ瞬間、ローブの奴が銀色の時計を掲げる。
空気が歪み、俺たちの周囲に無数の光の線が走った。
まるで時間が糸になって絡みついてくるみたいだ。
「くそっ、何だこれ!?」
俺は羅針盤を握り、必死に抵抗する。すると、羅針盤の光が爆発的に広がり、光の線を弾き返した。
「なっ!? やはり、君の鍵は特別だ……!」
ローブの奴が驚いたように後退する。
「悠斗、イメージして! 逃げないと!」
美咲の声が後ろから聞こえる。彼女の手が、俺の羅針盤に触れた瞬間、羅針盤がさらに強く光った。
「美咲、お前!?」
「分からないけど……なんか、感じるの! 黒崎くんの力、助けたい!」
美咲の目が、いつもよりずっと強い光を帯びてる。地味な図書委員のあの目じゃない。
(こいつも鍵!? リナの言ってた通りか!?)
考える暇もなく、俺は美咲の手を握り、羅針盤に意識を集中する。
(どこでもいい、俺たちを守れる場所!)
光が爆ぜ、視界が白く染まる。
目を開けると、俺と美咲は広大な砂漠にいた。
空は青く、太陽がギラギラと照りつける。
遠くに、壊れた時計塔の残骸が見える。
さっきの塔とは違う、もっと古びたものだ。
「ここ……また別の世界線?」
俺は汗を拭いながら呟く。
美咲は息を切らして、でも興奮した顔で周りを見回してる。
「黒崎くん、すごいよ! 私、なんか分かった気がする! この羅針盤、黒崎くんの気持ちに反応してる!」
「気持ち? 俺、ただ逃げたいって思っただけだぞ」
「それでも! 黒崎くんが強く願ったから、私も一緒にシフトできたんだと思う!」
美咲の言葉に、俺はハッとする。確かに、さっきの光は、俺一人じゃなく美咲と一緒にいたから強く光った気がする。
だが、喜んでる暇はなかった。
砂漠の地平線から、黒い霧が湧き上がってくる。
クロノハウンドだ。
しかも、さっきのローブの奴も現れた。
銀色の時計を掲げ、冷たく笑ってる。
「逃げても無駄だ、鍵の持ち主。君の時間は、我々に属する」
「我々!? お前、クロノシフターじゃないのか!?」
俺の叫びに、そいつはフードを外した。現れたのは、まるで人間じゃない顔――時計の文字盤みたいな模様が刻まれた、金属のような肌。
「我々は『刻の監視者』。時間の秩序を守る者。君の鍵は、秩序を乱す危険な存在だ」
その言葉と同時に、クロノハウンドが一斉に襲いかかってきた。
「美咲、離れるな!」
俺は美咲の手を握り、羅針盤を掲げる。
「黒崎くん、信じて! 私も一緒に戦う!」
美咲の声が、俺の心に響く。羅針盤が光り、時間が再びシフトする。
次に現れる場所は、俺の鍵が選ぶ――いや、俺たちの鍵が選ぶ未来だ。