砂漠の熱風が頬を叩く中、俺、黒崎悠斗は、佐藤美咲の手を握りしめていた。
黒い羅針盤が俺の手の中で脈打つように光り、目の前ではクロノハウンドの赤い目がギラギラと輝いている。
遠くに立つ刻の監視者――あの文字盤みたいな顔の不気味な奴が、銀色の時計を掲げて冷たく笑ってる。
「時間の秩序を乱す鍵の持ち主。君たちの逃走はここで終わりだ」
監視者の声は、まるで機械が擦れるような無機質な音。
そいつの言葉に、俺の胸が締め付けられる。リナはどこだ? あいつが「失敗作」って言ったのは何だ? そして、俺と美咲の「鍵」って、一体何のためにあるんだ?
「黒崎くん、逃げなきゃ!」
美咲の声が俺を現実に引き戻す。彼女のメガネの奥の目は、怖がってるのに、どこか決意に満ちてる。
さっき、羅針盤が光ったとき、確かに美咲の力が何か影響した。あいつも鍵の持ち主なら、俺一人じゃなく、二人でなら――。
「美咲、羅針盤を一緒に握れ!」
俺は叫び、彼女の手を羅針盤に重ねる。
美咲が頷き、細い指が俺の手と羅針盤に触れる。
瞬間、羅針盤の光が爆発的に広がり、まるで心臓の鼓動みたいな振動が伝わってくる。
「イメージしろ、美咲! どこか、安全な場所! 二人でなら、もっと遠くに飛べるはず!」
「う、うん! やってみる!」
美咲が目を閉じ、俺も意識を集中する。
クロノハウンドが咆哮し、監視者が銀色の時計を振る。
時間が歪み、砂漠がぐにゃりとねじれる。
(どこでもいい……リナがいる場所! 答えを知ってる場所!)
羅針盤の針がカチカチと動き、光が俺たちを飲み込んだ。
目を開けると、俺と美咲は薄暗い石造りの回廊にいた。
天井は高く、壁には古びた時計の部品みたいな装飾がびっしり。
遠くから、カチ、カチと針の動く音が響いてくる。まるで巨大な時計の内部に迷い込んだみたいだ。
「ここ……また時計塔?」
俺は呟きながら周りを見回す。
さっきの砂漠とは打って変わって、ひんやりした空気が肌を刺す。
美咲は俺の腕を離し、興味津々で壁の装飾を眺めてる。
「黒崎くん、これ、すごいよ! まるで時計の心臓部みたい! でも、なんか……懐かしい感じがする」
「懐かしい? お前、こんなとこ来たことあるのか?」
「ううん、ないけど……分からない。なんか、胸がざわざわするの」
美咲が胸を押さえて言う。
彼女の言葉に、俺も妙な感覚を覚える。
確かに、この場所、初めてなのにどこか見覚えがある気がする。
その時、回廊の奥から足音が響いてきた。
「リナ!?」
俺は期待して振り返るが、現れたのはリナじゃなかった。
黒いローブをまとった別の人物――いや、こいつも刻の監視者だ。
銀色の時計を手に、さっきの奴と同じ文字盤みたいな顔。
「鍵の持ち主、二人。確認。時間の乱れ、極めて危険」
そいつの声に、俺は羅針盤を握り直す。
「またお前らか! リナはどこだ! 答えろ!」
「クロノシフター・リナは、秩序の修復に失敗し、隔離された。君たちの鍵も、同じ運命を辿る」
隔離!? リナが!? 俺の頭が一瞬真っ白になる。
「隔離って何だよ! リナをどうした!?」
監視者が答える前に、回廊の壁が突然崩れ、黒い霧が流れ込んできた。
クロノハウンドだ。今回は十匹以上。赤い目が回廊を埋め尽くす。
「黒崎くん、ダメだよ、戦っちゃ!」
美咲が叫ぶけど、逃げる場所なんてない。
監視者が銀色の時計を掲げ、時間がまた歪み始める。
「美咲、羅針盤! 今度は俺が――」
言いかけた瞬間、美咲が俺の手を強く握った。
「黒崎くん、私にもできる! 一緒に!」
彼女の声に、羅針盤が再び光る。さっきの砂漠での共鳴が、もっと強く、もっと熱く感じる。
「よし、行くぞ! リナのいる場所へ!」
俺と美咲の意識が重なり、羅針盤の光が回廊を飲み込む。
だが、その瞬間、監視者が低く笑った。
「愚かな鍵の持ち主。君たちの共鳴は、時間の崩壊を加速するだけだ」
光が収まると、俺たちは真っ暗な空間にいた。
いや、空間じゃない。星空だ。無数の星が輝き、足元にはガラスみたいな透明な床が広がってる。
遠くに、巨大な時計の文字盤が浮かんでいて、針がゆっくり動いてる。
「ここ……どこ?」
美咲が小さく呟く。俺も言葉を失う。この場所、まるで宇宙の中心にいるみたいだ。
「悠斗! 美咲!」
聞き覚えのある声。振り返ると、リナがそこにいた。彼女の黒いコートはボロボロで、腕には血が滲んでる。
「リナ! 生きてたのか!?」
俺は駆け寄ろうとするが、リナが手を上げて制する。
「時間がない! 悠斗、美咲、君たちの鍵が共鳴したせいで、時間の均衡が崩れ始めてる! 刻の監視者はそれを狙ってる!」
「崩れる? どういうことだよ!?」
リナが苦しげに息を吐き、羅針盤を掲げる。
「君たちの鍵は、時間と世界線を自由に変える力。でも、使いすぎると、すべての世界線が混ざり合って、存在自体が消滅する。監視者はそれを望んでる――時間の完全なリセットを!」
「リセット!? そんなの、冗談じゃ――」
俺の言葉を遮るように、星空の端から黒い霧が湧き上がる。クロノハウンド。そして、複数の刻の監視者が現れる。
「鍵の共鳴、確認。リセットの準備、完了」
監視者たちの声が重なり、星空が揺れ始める。
「悠斗、美咲、逃げて! 君たちの鍵を、監視者に渡しちゃダメ!」
リナが叫び、短剣を構える。だが、彼女の体はもう限界に見える。
「リナ、俺たちが――」
美咲が俺の手を握り、羅針盤がまた光る。
「黒崎くん、私、信じてる。君なら、リナさんを救える!」
その言葉に、俺の胸が熱くなる。
「分かった。美咲、一緒にやるぞ!」
羅針盤の光が、星空を切り裂く。次の世界線へ、俺たちの時間がシフトする。