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第5話 共鳴する鍵

 砂漠の熱風が頬を叩く中、俺、黒崎悠斗は、佐藤美咲の手を握りしめていた。

 黒い羅針盤が俺の手の中で脈打つように光り、目の前ではクロノハウンドの赤い目がギラギラと輝いている。

 遠くに立つ刻の監視者――あの文字盤みたいな顔の不気味な奴が、銀色の時計を掲げて冷たく笑ってる。


「時間の秩序を乱す鍵の持ち主。君たちの逃走はここで終わりだ」


 監視者の声は、まるで機械が擦れるような無機質な音。

 そいつの言葉に、俺の胸が締め付けられる。リナはどこだ? あいつが「失敗作」って言ったのは何だ? そして、俺と美咲の「鍵」って、一体何のためにあるんだ?


「黒崎くん、逃げなきゃ!」


 美咲の声が俺を現実に引き戻す。彼女のメガネの奥の目は、怖がってるのに、どこか決意に満ちてる。

 さっき、羅針盤が光ったとき、確かに美咲の力が何か影響した。あいつも鍵の持ち主なら、俺一人じゃなく、二人でなら――。


「美咲、羅針盤を一緒に握れ!」


 俺は叫び、彼女の手を羅針盤に重ねる。

 美咲が頷き、細い指が俺の手と羅針盤に触れる。

 瞬間、羅針盤の光が爆発的に広がり、まるで心臓の鼓動みたいな振動が伝わってくる。


「イメージしろ、美咲! どこか、安全な場所! 二人でなら、もっと遠くに飛べるはず!」


「う、うん! やってみる!」


 美咲が目を閉じ、俺も意識を集中する。

 クロノハウンドが咆哮し、監視者が銀色の時計を振る。

 時間が歪み、砂漠がぐにゃりとねじれる。


(どこでもいい……リナがいる場所! 答えを知ってる場所!)



 羅針盤の針がカチカチと動き、光が俺たちを飲み込んだ。


 目を開けると、俺と美咲は薄暗い石造りの回廊にいた。


 天井は高く、壁には古びた時計の部品みたいな装飾がびっしり。

 遠くから、カチ、カチと針の動く音が響いてくる。まるで巨大な時計の内部に迷い込んだみたいだ。


「ここ……また時計塔?」


 俺は呟きながら周りを見回す。

 さっきの砂漠とは打って変わって、ひんやりした空気が肌を刺す。

 美咲は俺の腕を離し、興味津々で壁の装飾を眺めてる。


「黒崎くん、これ、すごいよ! まるで時計の心臓部みたい! でも、なんか……懐かしい感じがする」


「懐かしい? お前、こんなとこ来たことあるのか?」


「ううん、ないけど……分からない。なんか、胸がざわざわするの」


 美咲が胸を押さえて言う。

 彼女の言葉に、俺も妙な感覚を覚える。

 確かに、この場所、初めてなのにどこか見覚えがある気がする。


 その時、回廊の奥から足音が響いてきた。


「リナ!?」


 俺は期待して振り返るが、現れたのはリナじゃなかった。

 黒いローブをまとった別の人物――いや、こいつも刻の監視者だ。

 銀色の時計を手に、さっきの奴と同じ文字盤みたいな顔。


「鍵の持ち主、二人。確認。時間の乱れ、極めて危険」


 そいつの声に、俺は羅針盤を握り直す。


「またお前らか! リナはどこだ! 答えろ!」


「クロノシフター・リナは、秩序の修復に失敗し、隔離された。君たちの鍵も、同じ運命を辿る」


 隔離!? リナが!? 俺の頭が一瞬真っ白になる。


「隔離って何だよ! リナをどうした!?」


 監視者が答える前に、回廊の壁が突然崩れ、黒い霧が流れ込んできた。

 クロノハウンドだ。今回は十匹以上。赤い目が回廊を埋め尽くす。


「黒崎くん、ダメだよ、戦っちゃ!」


 美咲が叫ぶけど、逃げる場所なんてない。

 監視者が銀色の時計を掲げ、時間がまた歪み始める。


「美咲、羅針盤! 今度は俺が――」


 言いかけた瞬間、美咲が俺の手を強く握った。


「黒崎くん、私にもできる! 一緒に!」


 彼女の声に、羅針盤が再び光る。さっきの砂漠での共鳴が、もっと強く、もっと熱く感じる。


「よし、行くぞ! リナのいる場所へ!」


 俺と美咲の意識が重なり、羅針盤の光が回廊を飲み込む。


 だが、その瞬間、監視者が低く笑った。


「愚かな鍵の持ち主。君たちの共鳴は、時間の崩壊を加速するだけだ」


 光が収まると、俺たちは真っ暗な空間にいた。


 いや、空間じゃない。星空だ。無数の星が輝き、足元にはガラスみたいな透明な床が広がってる。

 遠くに、巨大な時計の文字盤が浮かんでいて、針がゆっくり動いてる。


「ここ……どこ?」


 美咲が小さく呟く。俺も言葉を失う。この場所、まるで宇宙の中心にいるみたいだ。


「悠斗! 美咲!」


 聞き覚えのある声。振り返ると、リナがそこにいた。彼女の黒いコートはボロボロで、腕には血が滲んでる。


「リナ! 生きてたのか!?」


俺は駆け寄ろうとするが、リナが手を上げて制する。


「時間がない! 悠斗、美咲、君たちの鍵が共鳴したせいで、時間の均衡が崩れ始めてる! 刻の監視者はそれを狙ってる!」


「崩れる? どういうことだよ!?」


 リナが苦しげに息を吐き、羅針盤を掲げる。


「君たちの鍵は、時間と世界線を自由に変える力。でも、使いすぎると、すべての世界線が混ざり合って、存在自体が消滅する。監視者はそれを望んでる――時間の完全なリセットを!」


「リセット!? そんなの、冗談じゃ――」


 俺の言葉を遮るように、星空の端から黒い霧が湧き上がる。クロノハウンド。そして、複数の刻の監視者が現れる。


「鍵の共鳴、確認。リセットの準備、完了」


 監視者たちの声が重なり、星空が揺れ始める。


「悠斗、美咲、逃げて! 君たちの鍵を、監視者に渡しちゃダメ!」


 リナが叫び、短剣を構える。だが、彼女の体はもう限界に見える。


「リナ、俺たちが――」


 美咲が俺の手を握り、羅針盤がまた光る。


「黒崎くん、私、信じてる。君なら、リナさんを救える!」


 その言葉に、俺の胸が熱くなる。


「分かった。美咲、一緒にやるぞ!」


 羅針盤の光が、星空を切り裂く。次の世界線へ、俺たちの時間がシフトする。

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