星空が揺れていた。
無数の星が瞬き、足元の透明な床がまるで割れそうなほど震えている。
巨大な時計の文字盤が浮かぶこの空間――リナが「時間の中心」と呼んだ場所で、俺、黒崎悠斗は、佐藤美咲の手を握り、黒い羅針盤を掲げていた。
目の前には、ボロボロの姿で短剣を構えるリナ。
そして、その周囲を取り囲むクロノハウンドと、文字盤のような顔を持つ刻の監視者たち。
「悠斗、美咲、逃げて! 鍵を渡したら、すべてが終わる!」
リナの叫びが、星空に響く。
彼女の腕から滴る血が、透明な床に赤い染みを作る。
「終わるって何だよ! リナ、お前を置いて逃げるわけねえだろ!」
俺は叫び返す。リナが「失敗作」だの「隔離」だの言われたこと、監視者が「時間の完全リセット」を狙ってるって話、全部頭の中でぐちゃぐちゃだ。
でも、一つだけ分かる。
リナを見捨てるなんて、絶対にありえない。
「黒崎くん、私も戦うよ! リナさんを助けたい!」
美咲が俺の手を強く握り、羅針盤に触れる。彼女の声は震えてるけど、目には迷いがない。
地味な図書委員だったクラスメイトが、こんな状況でこんな顔をするなんて、ちょっと前まで想像もできなかった。
「鍵の持ち主、抵抗は無意味だ。君たちの共鳴は、時間の崩壊を加速させる」
監視者の一人が銀色の時計を掲げ、冷たく言い放つ。星空がさらに激しく揺れ、巨大な文字盤の針が不規則に動き始める。
クロノハウンドが低く唸り、俺たちに向かって一斉に飛びかかってきた。
「美咲、今だ!」
俺は羅針盤に意識を集中する。美咲の手の温もりが、俺の力を増幅するみたいに感じる。羅針盤の光が爆発し、クロノハウンドの一匹を弾き飛ばす。
「イメージして、黒崎くん! リナさんを助ける場所へ!」
美咲の声に、俺は頷く。
(リナを救う……安全な場所! 監視者から逃げられる場所!)
光が星空を切り裂き、時間がシフトする。だが、その瞬間、監視者の銀色の時計が不気味な音を立て、俺たちの光を遮った。
「愚かな鍵の持ち主。君たちのシフトは、我々の予測の範囲内だ」
監視者の声が重なり、星空が裂ける。次の瞬間、俺たちはまた別の場所に飛ばされていた。
そこは、崩れかけた都市だった。
ビルの残骸がそびえ、空は赤と黒の雲に覆われている。地面には時計の歯車や針が散乱し、まるで時間が壊れた世界だ。遠くで、雷のような音が響き、クロノハウンドの咆哮が聞こえる。
「ここ……また別の世界線か?」
俺は息を切らしながら呟く。美咲は俺の横で、目を丸くして周りを見回してる。
「黒崎くん、リナさんが……!」
美咲の声に振り向くと、リナが地面に倒れていた。彼女の短剣が近くに転がり、血が地面に広がってる。
「リナ!」
俺は駆け寄り、彼女を起こそうとする。リナの目は半分閉じかけ、弱々しく俺を見上げる。
「悠斗……バカ……なんで、戻ってきたの……?」
「バカはお前だろ! 置いて逃げるなんて、できるわけねえ!」
その時、背後で空気が歪む音。監視者が現れた。三体。銀色の時計が光り、クロノハウンドが新たに湧き出てくる。
「鍵の持ち主、時間の乱れは限界に達した。君たちを排除し、秩序を再構築する」
監視者の一人が、機械的な声で言う。
「排除!? ふざけんな! 俺たちの時間は、俺たちが決める!」
俺は羅針盤を握り、立ち上がる。美咲がリナを支えながら、俺の横に並ぶ。
「黒崎くん、私も! 私たちの鍵なら、きっと……!」
美咲の手がまた羅針盤に触れる。瞬間、羅針盤が今までにない強い光を放ち、俺たちの周囲に光の壁を作る。
クロノハウンドが突進してくるが、光に弾かれて霧散する。
「これは……!?」
監視者が驚いたように後退する。リナが弱々しく笑う。
「やっぱり……君たちの鍵、共鳴すると……こんな力が……」
「リナ、説明しろ! 俺たちの鍵って、なんなんだよ!?」
リナが息を整え、掠れた声で言う。
「君たちの鍵は……時間そのものを『書き換える』力。普通のクロノシフターは、時間や世界線を移動するだけ。でも、君たちは……過去も未来も、存在そのものを変えられる」
「存在を変える!?」
「そう……だから、監視者は君たちを恐れる。君たちが共鳴すれば、時間の秩序そのものを壊せるから……」
リナの言葉に、俺の頭がクラクラする。過去も未来も変える? そんな力、俺なんかに扱えるのか?
だが、考える暇はなかった。監視者が銀色の時計を一斉に掲げ、空間が歪み始める。
「時間の崩壊を防ぐため、鍵を封印する!」
監視者の声と同時に、巨大な時計の文字盤が空中に現れ、針が逆回転を始める。時間が巻き戻ってる!?
「黒崎くん、羅針盤を!」
美咲が叫び、俺の手を握る。俺はリナを支え、羅針盤に全意識を集中する。
「リナ、持ってろ! 俺たちで、時間を書き換える!」
リナが弱々しく頷き、俺の手と美咲の手の上に、彼女の手を重ねる。三人の力が重なり、羅針盤が眩い光を放つ。
「行くぞ! 監視者も、クロノハウンドも、全部ぶっ飛ばす世界へ!」
光が爆ぜ、時間が、空間が、世界が――書き換えられる。