光が爆ぜた瞬間、俺の意識は一瞬途切れた。
目を開けると、俺、黒崎悠斗は、佐藤美咲とリナと共に、崩れかけた都市の中心に立っていた。
さっきの星空の空間は消え、目の前には壊れたビルと散乱する時計の歯車。だが、空はさっきの赤黒い雲じゃなく、青く澄んだ色に戻っている。
まるで時間が「正常」に戻ったみたいだ。
「これ……成功したのか?」
俺は手に握る黒い羅針盤を見下ろす。光は収まり、針は静かに動いている。
美咲が俺の横で、息を切らしながら微笑む。
「黒崎くん、すごいよ! 私たちの鍵、時間を書き換えたんだ!」
リナがよろめきながら立ち上がり、ボロボロのコートを払う。彼女の青い瞳が、俺と美咲を交互に見つめる。
「君たち……ほんとにやったんだ。時間の崩壊を止めて、
監視者の干渉を一時的に跳ね除けた」
「一時的? ってことは、まだ終わってねえのかよ!?」
俺の声に、リナが苦笑する。
「監視者は時間の秩序を管理する存在。彼らの目的は、鍵の力を封印して、すべての世界線を固定すること。君たちの共鳴はそれを乱したけど、彼らは諦めないよ」
その言葉を証明するように、地面が揺れた。
ビルの残骸の間から、黒い霧が湧き上がる。クロノハウンドだ。だが、今回はそれだけじゃない。空に巨大な銀色の時計が浮かび、文字盤のような顔の刻の監視者が現れる。さっきまでより多い、五体。
「鍵の持ち主、時間の書き換えを確認。秩序の再構築を即時実行する」
監視者たちの声が重なり、銀色の時計が一斉に光る。空が歪み、まるで世界が巻き戻されるような感覚が襲ってくる。
「くそっ、また時間いじってんのか!?」
俺は羅針盤を握り直す。美咲が俺の手を握り、リナがその上に自分の手を重ねる。
「悠斗、美咲、集中して! 鍵の共鳴をもう一度! 監視者の時間操作を上書きするんだ!」
リナの声に、俺たちは頷く。だが、その瞬間、監視者の一人が銀色の時計を振り、鋭い光の刃が俺たちを襲う。
「危ない!」
美咲が叫び、俺は咄嗟に彼女を庇う。光の刃が俺の肩をかすめ、焼けるような痛みが走る。
「黒崎くん!」
「大丈夫だ、こんなの! リナ、早く!」
リナが短剣を構え、監視者に向かって突進する。彼女の動きは速いけど、傷だらけの体じゃ限界が近い。クロノハウンドがリナに襲いかかり、彼女の短剣が霧を切り裂く。
「悠斗、美咲、羅針盤に全力を! 私が時間を稼ぐ!」
リナの叫びに、俺と美咲は目を合わせる。
「美咲、信じろ。俺たちならできる!」
「うん、黒崎くん! リナさんを、絶対救う!」
羅針盤が再び光り、俺たちの意識が重なる。
(リナを救う。監視者を倒す。俺たちの時間を、守る!)
光が爆発し、時間が震える。
次の瞬間、俺たちは見知らぬ場所にいた。
一面の花畑。色とりどりの花が風に揺れ、遠くに小さな村が見える。空は穏やかな青で、時計の音もクロノハウンドの咆哮もない。
「ここ……?」
美咲が呟き、俺の横で花を手に取る。リナがふらりと地面に座り込み、疲れ果てたように息を吐く。
「君たちの鍵、すごいよ……こんな安定した世界線に飛べるなんて」
「安定? ってことは、監視者から逃げ切れたのか?」
俺の問いに、リナが首を振る。
「一時的にね。でも、この世界線……何か特別だ。悠斗、美咲、君たちの鍵が選んだ場所。もしかしたら、ここに鍵の真実が――」
リナの言葉が途切れ、彼女の目が遠くを見つめる。花畑の奥、村の方向に、小さな女の子が立っていた。黒い髪、青い瞳。まるでリナの幼い頃みたいな姿。
「リナ、あれ……?」
俺が呟くと、リナの顔が凍りつく。
「あの子……私の過去。どうしてここに?」
リナが立ち上がり、よろめきながら女の子に向かう。だが、その瞬間、花畑が揺れ、黒い霧が湧き上がる。クロノハウンド。そして、監視者が再び現れた。
「鍵の持ち主、過去の時間に干渉することは許されない。君たちの存在は、秩序の敵だ」
監視者の声が響き、銀色の時計が光る。
「リナの過去!? 何だよ、それ!?」
俺は叫ぶが、リナは女の子を見つめたまま動かない。
「悠斗、美咲……あの子は、私がクロノシフターになる前の私。私も、かつて鍵の持ち主だった」
「何!? お前も鍵!?」
リナの告白に、俺の頭がクラクラする。美咲がリナの手を握り、叫ぶ。
「リナさん、過去なんて関係ない! 私たち、今ここにいる! 一緒に戦おう!」
美咲の言葉に、リナの目が光を取り戻す。
「ありがとう、美咲……悠斗、羅針盤を!」
俺たちは三人の手を重ね、羅針盤を掲げる。花畑が歪み、監視者の光とクロノハウンドが襲いかかる。
「俺たちの時間は、誰にも渡さねえ!」
羅針盤の光が花畑を包み、時間が再び書き換えられる。
花畑の風が頬を撫でる中、俺、黒崎悠斗は、佐藤美咲とリナの手を握り、黒い羅針盤を握りしめていた。目の前には、
リナの幼い姿――彼女の「過去」が揺らめくように立っている。黒い霧をまとうクロノハウンドが咆哮し、刻の監視者の銀色の時計が不気味に光る。リナの告白が頭を駆け巡る。
「お前も鍵の持ち主だった……それで、過去を壊したって、どういうことだよ!?」
リナが唇を噛み、幼い自分を見つめる。
「私は、鍵の力で家族を救おうとした。私の世界線は戦争で滅びかけてたから……でも、時間を書き換えすぎて、制御できなくなった。監視者に捕まり、クロノシフターにされたんだ。私の過去は、封印されたままだった」
彼女の声は震え、青い瞳に涙が滲む。美咲がリナの手を強く握る。
「リナさん、過去は変えられるよ! 私たちの鍵なら、きっと!」
俺はリナの肩に手を置き、叫ぶ。
「そうだ! 監視者なんかに、俺たちの時間を決めさせねえ! リナ、お前の過去を、絶対に取り戻す!」
リナが小さく微笑む。
「君たち……ほんと、馬鹿だね。でも、ありがとう」
監視者の一人が冷たく笑う。
「鍵の持ち主、過去の改変は時間の秩序を破壊する。君たちの共鳴は、すべての世界線を無に帰すだけだ」
銀色の時計が輝き、花畑が歪む。クロノハウンドが一斉に襲いかかり、幼いリナの姿が揺らぐ。
「リナ、羅針盤を!」
俺は叫び、三人の手が羅針盤に重なる。光が爆発し、花畑を包み込む。
「悠斗、美咲……私の過去を、救ってくれる?」
リナの声に、俺と美咲は力強く頷く。
「当たり前だ! 俺たちの時間は、俺たちが作る!」
羅針盤の針が高速で回転し、光が監視者の時計とクロノハウンドを押し返す。だが、監視者が銀色の時計を振り、時間が逆回転を始める。花畑が崩れ、幼いリナが消えかける。
「くそっ、負けるかよ!」
俺は美咲とリナの手をさらに強く握る。美咲が叫ぶ。
「黒崎くん、リナさん、イメージして! リナさんの家族が笑ってる世界! 幸せな時間!」
三人の意識が重なり、羅針盤の光が花畑を越え、世界線そのものを揺さぶる。
光が収まると、俺たちは小さな村の広場に立っていた。
木造の家々が並び、子供たちが笑いながら走り回る。暖かい陽光が降り注ぎ、花の香りが漂う。
リナの故郷――彼女が失った世界線だ。広場のベンチに、若い女性と男性、幼い女の子が座っている。女の子は、紛れもなくリナの過去。
「これ……私の家族」
リナが震える声で呟く。彼女の目から、涙がぽろりとこぼれる。
「リナさん、よかった……!」
美咲がリナの手を握り、笑顔を見せる。俺も、なんか胸が熱くなる。
「やったな、リナ。お前の過去、取り戻したぞ」
だが、喜びは一瞬だった。広場の空が裂け、黒い霧が湧き上がる。クロノハウンド。
そして、監視者が現れる。一体だけだが、その気配は圧倒的。銀色の時計が巨大化し、村全体を覆うように浮かんでいる。
「鍵の持ち主、過去の改変は禁忌。君たちの時間は、ここで終わる」
監視者の声が響き、村が揺れる。子供たちの笑い声が止まり、空が暗くなる。
「ふざけんな! やっと取り戻したリナの時間を、てめえに壊させねえ!」
俺は羅針盤を掲げ、叫ぶ。美咲がリナを支え、俺の横に立つ。
「黒崎くん、私も戦える! リナさんのために!」
リナが短剣を握り直し、微笑む。
「君たち……ほんと、ありがとう。私も、諦めないよ」
監視者が銀色の時計を振り、時間が歪む。クロノハウンドが村に飛び込み、家々が崩れ始める。だが、俺たちの羅針盤が光り、光の壁が村を守る。
「悠斗、美咲、共鳴を最大に! 監視者の時計を壊すんだ!」
リナの叫びに、俺たちは意識を集中する。
(リナの家族を、村を、時間を守る! 監視者の秩序なんて、ぶっ壊す!)
羅針盤の光が爆発し、監視者の時計にぶつかる。光と光が衝突し、村全体が震える。
「鍵の持ち主、秩序は絶対だ!」
監視者が叫ぶが、俺たちの光がそれを飲み込む。
「俺たちの時間は、俺たちが決める!」
光が村を包み、時間が、空間が、世界が――書き換えられる。