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第9話 やる気スイッチ

 机に向かって早くも1時間。宿題をしなくちゃいけないはずなのに、ぼんやりと壁に貼っているカレンダーを見ながら、鼻にシャープペンをはさみ、くるくるとイスをまわした。何をしたいか自分でもわからない。早く時間がすぎないかなと意味の分からない思考になった。

 そもそも、今やらなくちゃいけないことはぼんやりすることではないとわかっているはずなのに、意味もなく、くだらない動画を流して安心している自分がいる。口にくわえたシャープペンもくいと動かすと、イスがガンッと後ろに倒れた。


 思いっきり腰を打ち付けた。


「いたたたた……」

「何をしてる?」

「な、何って……??? どこから声が?」


 左右を確認しても、どこから声がしたかわからない。気のせいかとイスを元に戻してまた座ろうとすると、机の上にふわりとした茶色のハリネズミのぬいぐるみが移動していた。幼少期の頃、母親に無理にねだって買ってもらったぬいぐるみだった。大事に一緒に寝たこともあるぬいぐるみ。どこから出てきたのか、頭をそっと撫でてみた。ハリネズミだったが、ぬいぐるみだから痛くないだろうと思ったら、想像以上にトゲトゲしていた。


「痛っ? ん? どういうことだ。柔らかいと思ったのに、かたくなってる」

「当たり前だ。生きてるんだから」

 口元が動くのがわかった。ぬいぐるみが太い声を出している。ハスキーでかっこよかった。


「ぬ、ぬいぐるみが喋った??」

「ぬいぐるみじゃない。ハリネズミだ」

「……え、あ? ん? まぁ、ハリネズミのぬいぐるみだな」

 その言葉に腹が立ったのか、俺の腕に体を押し付けてきた。地味にチクチク痛い。


「やめろって。痛いっての」

「次、ぬいぐるみって言ったら、どうなるかな?」

「はいはいはい。わかりました。もう言いません。いいから、ほっとけよ。今、宿題してるんだから」

「ほぉ? 宿題? やってなかったくせに?」

「……今からやるの。いいから、どけろよ。ノートの上に乗るな」


 そう言うとぴょんぴょんと可愛い動きで2歩動いた。ノートの端っこでページがめくれない。


「ちょっと、もっとよけろよ。今から英語の翻訳するんだから」

 俺は、本腰を入れて、英和辞典を開いた。さっきまでやる気がこれっぽっちもなかったが、ハリネズミの視線でやるぞという気持ちが入る。なぜか睨むあいつの視線で悔しくなる。


「最初からそうしろよ」


 その一言を発すると、ポロンと布のハリネズミに戻った。ため息をついて宿題を終わらせた。

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