「ねぇ、ここに置いてた爪切り知らない?」
母はいつもモノの行方不明事件を起こす。必要な時に必要なモノがいつもしまう引き出しにない。あとで片付けるつもりで棚に置きっぱなしだった。
「ここだよ。ここ」
長男である俺はいつも代わりに見つける。爪切りは、リビングではない、洗面所の引き出しに入っていた。
「あー、忘れてた。そうよ、そこよ。きっと小さな妖精がいたずらして、そっちの引き出しに持って行ったんだわ」
母はたまにおかしなことを言う。自分の失敗をメルヘンチックに話し出す。
「そう言うときはさ、素直にごめんなさいでしょ?」
高校生の息子に叱られる母親。もちろん、返事は子供のように、はいを2回いう。謝る気はゼロだ。昔の俺みたいだ。
「ねぇ、理玖。ここに置いてたさ、綿棒知らない?」
また始まった。
「また、そうやって妖精のせいにするんでしょ?」
母は、綿棒のある場所を見て固まった。置くはずのない、照明器具のさらに上に挟まってある。俺の身長にも届かない高さだ。
「ねぇ、あれはひょっとするとひょっとするかもね!」
母は興奮のあまり俺の腕をバシバシたたく。俺はそんなわけはないとそっと、手を伸ばして綿棒の入れ物を取った。その瞬間、金粉が舞い降りて、とんぼのような羽根をつけ
た小さな妖精がふわりと飛ぶ。置き時計の裏に隠れている。
「なぁ、母さん。今の、見たよな??」
「私の目がおかしいのかしら。メガネ買わないといけないかしら」
「いや、本物だって。ものを無くすのは、もしかしたら本当にアレの……」
また金粉が空中を舞っていく。時計の裏にいた緑の服着た妖精は、目の前を飛んで、開いていた窓の外に逃げていった。どうして、俺は窓を開けてしまったのだろうか。もっと、妖精の姿を見ていたかったのに、逃げられてしまった。
「あの金粉を集めたら、お金になったのかしら……」
「おい、気にするところそこじゃねぇだろ?」
「え、嘘。そうだった? やっぱり、妖精を捕まえておくべきよね」
「そ、そうに決まってる!」
俺はそう言ったが、果たして捕まえるのはひどいことではないのかと自問自答した。捕まえたところで、何をするつもりか。鼻から血が噴き出す。
「あんた、何を想像してるのよ。このスケベ。父さん、そっくりだわ」
バシッと頭を叩かれる。
「ちげーっつぅーの! 花粉症だ」
ティッシュを鼻に詰めて落ち着かせた。
窓の外を覗くと、もう妖精の姿は、見えなくなっていた。俺はがっかりした。