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第19話 不思議なイヤホン

「あ、壊れた」


 電車で通勤途中、いつも音楽を聴きながら、ゆらり揺れて過ごしていた。ふと、ワイヤレスイヤホンをつけようとすると、どうやっても音楽が流れない。モバイルバッテリーで充電するが、うんともすんとも言わない。これは故障だ。優弥ゆうやは、約20分の電車の中、窓の外を眺め、時間をつぶした。ため息をついて、いつもの音楽が聴けなくてがっかりした。タタタンタタタンと音が響く。


―――仕事終わりに寄った家電量販店の音楽周辺機器コーナーで、目立つポップが書かれていた。そこだけやけに目立っている。


「すいません、これって、イヤホンですよね。ワイヤレスですか?」


 いつも見るパッケージと違うため、念のため確かめた。


「いらっしゃいませ。お客様。そちらイヤホンは、当店物凄くおすすめのワイヤレスイヤホンです。他の商品と比べて、一段と機能が優れています。今なら、30%OFFです。お買い得です。今だけですよ!」


 狐のように細い目で両手をこすり合わせながら、体格の細めの店員はおすすめする。圧が強い。


「へー、あー、そうなんですか」

 一見、普通のイヤホンと変わりない。機能的に優れているのかわからないが、他のノーマルイヤホンより安く買えることもあって、即決した。


「お買い上げ、ありがとうございます!」


 店員は深々とお辞儀をして、商品を受け取った。優弥の目には入らなかったが、店員は、にやりと口角を上げて、不気味な笑みを浮かべていた。


 ワイヤレスイヤホンを購入して、少しご機嫌だった優弥は、足どりが軽やかだった。自宅について、テーブルの上に置いたパッケージをマジマジと見て、説明書を開く。


「……機能性って、何が追加されてるんだろう」

 いつも読まない説明書を珍しく広げた。じっと読み進めると、まさかの機能があった。


「ん? ”相手の本音が聞こえるイヤホン”?? なんだ。これ。どういうことよ」


 どういう意味が分からなかったが、とりあえず、試してみることにした。スマホと連動させると、音楽ではなく、隣の部屋に住む大家さんの声が聞こえた。


『全く、いつもいびきかいてうるさいわねぇ。田中さんそろそろ出てってくれないかしら』


 温厚で優しさが売りの大家の坂本 麻祐子さかもと まゆこは、満78歳。誰に対してもいつでも優しいはずが、イヤホンから聞いたこともない言葉が。瞬時にイヤホンを外して、思わず壁に投げた。


「こ、こわっ!!」


 怖すぎて、しばらくイヤホンで音楽を聴くこともできなかった。

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