「
交差点の横断歩道で、自動車の交通事故でかばってくれた彼氏の颯人は、病院のベッドで酸素吸入し、心電図を横に目を覚まさない。
頭の打ちどころが悪くて先生に処置はしてもらったが、全然意識がない。
「このままでは植物人間になってしまうかもしれません。覚悟してください」
颯人の母は、何も言わずにぐっと静かに泣いた。まだ大学生でこれから未来があるというのに、なぜ颯人がこんな目に遭わないといけないのか。彼女の
「颯人さんは、意識が戻らないということですね。それでは、脳神経に直接アプローチをかけて、人工的に神経をつなげてみましょう。最近、開発された手術ロボットを導入します。莫大な高額治療が、かかりますが、それでもやりますか?」
「……い、命。いや、もう颯人の意識が戻るのならどんなお金をかけてでも治療します」
「そうですか。それではこちらの同意書にサインをお願いします」
颯人の母は、父と顔を見合わせて頷き、横で優花が手を合わせて目をつぶって祈っていた。
「ただ、注意事項がありまして……―――」
数十時間後、脳神経外科手術をロボットを使って行った
手術を終えた颯人は、すっかり話せるようになり、お皿の上に乗せた剥いたばかりのリンゴをひとかけ食べた。
「あー僕の一番好きな果物だ」
「……よかったわね」
「あ、おばさん。剥いてくれたんですよね。ありがとうございます……あと、あなたは? はじめまして?」
医師の鏑木 樹は注意事項を話したはずが、家族は治すことに必死で何も頭に入らなかった。手術後は、今までの記憶がリセットされることを。
優花はショックで何も言えず、涙を流した。母は息をのむ。性格も口調も変わり、名乗る名前も違う。全くの別人だ。
「ごめんなさい。私、無理」
そう言って、優花は病室を後にした。両親は静かに喋り通す颯人の話を聞いていた。