目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第25話 変わってしまった彼

颯人はやと!!」


 交差点の横断歩道で、自動車の交通事故でかばってくれた彼氏の颯人は、病院のベッドで酸素吸入し、心電図を横に目を覚まさない。

 頭の打ちどころが悪くて先生に処置はしてもらったが、全然意識がない。


「このままでは植物人間になってしまうかもしれません。覚悟してください」


 颯人の母は、何も言わずにぐっと静かに泣いた。まだ大学生でこれから未来があるというのに、なぜ颯人がこんな目に遭わないといけないのか。彼女の優花ゆかは、結婚の約束もしていた。ここの病院では心臓を動いていることを確認するだけでその後のことは手術もしない。栄養の点滴を出すことだけ。このままではいけないと、優花は納得できず、セカンドオピニオンという形をとり、脳神経外科の手術を行う大学病院に転院することにした。そのドクターは脳に関してのスペシャリストで今までない技術で新しい治療に挑戦している。この先生ならきっとっと奇跡を願った。


「颯人さんは、意識が戻らないということですね。それでは、脳神経に直接アプローチをかけて、人工的に神経をつなげてみましょう。最近、開発された手術ロボットを導入します。莫大な高額治療が、かかりますが、それでもやりますか?」


「……い、命。いや、もう颯人の意識が戻るのならどんなお金をかけてでも治療します」

「そうですか。それではこちらの同意書にサインをお願いします」


 颯人の母は、父と顔を見合わせて頷き、横で優花が手を合わせて目をつぶって祈っていた。


「ただ、注意事項がありまして……―――」

 数十時間後、脳神経外科手術をロボットを使って行った鏑木 樹かぶらぎ いつき先生は見事、植物人間だった颯人の意識を取り戻した。その技術は賞賛されて雑誌やテレビ取材まで入った。

 手術を終えた颯人は、すっかり話せるようになり、お皿の上に乗せた剥いたばかりのリンゴをひとかけ食べた。


「あー僕の一番好きな果物だ」


「……よかったわね」


「あ、おばさん。剥いてくれたんですよね。ありがとうございます……あと、あなたは? はじめまして?」


 医師の鏑木 樹は注意事項を話したはずが、家族は治すことに必死で何も頭に入らなかった。手術後は、今までの記憶がリセットされることを。

 優花はショックで何も言えず、涙を流した。母は息をのむ。性格も口調も変わり、名乗る名前も違う。全くの別人だ。


「ごめんなさい。私、無理」


 そう言って、優花は病室を後にした。両親は静かに喋り通す颯人の話を聞いていた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?