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第27話 春に咲く花を見るために

「もうすぐ桜咲くかなぁ……」


 病院のベットの上、窓の外を眺めた。入院して2カ月の彼女は、余命1ヶ月。診断名は、白血病。もう手の施しようがないくらいの末期の状態だった。医師も様子を見て、見守ることしかできませんと、抗がん剤治療はすすめなかった。もし、治療しても体が持たなくて、そのまま亡くなる可能性もある。最善の治療は笑いながら、残り少ない人生を楽しむこと。まだ高校生になって1年経ったばかりでこれから部活動でやりきり頑張る予定だった。生まれて初めてできた彼氏が心配そうに顔を覗く。涙が出そうになるのをこらえた。


雪華ゆきは、桜の咲くところ見たいよな?」

「うん。それはもう、見たいよ。春を感じられるじゃない」

 か細い声をして笑っていた。見られなくなるかもしれないつぼみの桜をじっと見つめていた。


「うん、俺が見せてあげるから」

「え、うん。ありがとう」


 どうやって見せてくれるんだろうと雪華は不思議そうな顔をして、勇汰を見た。勇汰は病室の窓から見える桜の木の下まで走って向かった。雪華は窓を開けて、じっと頬杖をついて眺めていた。神社の神主の息子の勇汰は、イチかバチかで略拝詞りゃくはいしを唱えた。神社にある神木と同じ大きさの桜だった。


祓え給いはらえたまい清め給えきよめたまえ、神ながら守り給い、幸え給え」


 雲の隙間から光が差し込み、桜の枝が風で揺れ動いた。木の周りが金色に輝き始める。地面から枝のてっぺんまで順番に光り出し、つぼみだった桜がどんどん咲き始めて、花びらが舞い降りた。1枚の花びらが雪華の手のひらに落ちてきた。


「綺麗……。こんなに綺麗だったんだね」


 涙が出るくらい喜んでいた。勇汰はほっと安堵した。肩に乗った精霊のフクロウがバサッと窓際に飛び立った。雪華の目には見えていないが、雪華の額にフクロウは息を吹きかけた。さっきまで白かった顔がだんだんとあたたかく赤色に染まっていった。やせ細っていた顔も肌がぷっくりと膨らみ始めた。深呼吸して、ベッドに寝転んだ。血色がよくなっている。


「勇汰、ごめん。眠くなった。寝るねぇ」


 いきなりフクロウのパワーをもらったせいか、眠気に襲われる。病室にいたフクロウは外にいた勇汰の肩に乗った。


「俺の役目が終わったよ。んじゃ行こうか」


 勇汰の姿はいつの間にかフクロウとともに消えていた。勇汰は、雪華を助けるために舞い降りた天使だったかもしれない。


 雪華が、目が覚めるとすっかり健康的な体に戻ったが勇汰はどこにもいなかった。

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