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第29話 ドキドキ

 「おはよう」


 ふとんから出て、すぐに台所の母に声をかける。今日のご飯は、塩鮭と味噌汁、ごはんにちょっとしたおかず。和食の朝ごはんだった。お気に入りの器にトレイに乗せて、出してくれた。


「ほら、急いでお食べ。出発の時間まであまりないから」

「うん。いただきます」


 トレイを受け取って、テーブルに乗せる。いつも通りの朝だと思った。箸をにぎりしめ、ありがたさを感じて手を合わせる。お辞儀をしながら


「いただきます」


 箸を持って、どれから食べようかと悩みながら、ようやく決めて食べようとした。ピンという高音が耳に響いて、空間が変わった。

 家の中にいた私は、瞬時にだだ広い草原の世界へと切り替わった。遠くで狼の遠吠えが聞こえる。雲ひとつない空では、小鳥が仲良く飛び交っている。

 風が強く吹き、木々を揺らす。近くでかき集めた小枝を燃やしていた父がこちらを見ていた。


「何やってるんだ。体、動かせ」


 どうやら、ここは、古い時代で家電や道具などない世界。縄文時代なのかもしれない。洞窟のそばでは土器を焼く主婦の皆様が集まっていた。服装も社会の教科書で見た事あるものだった。

 朝ごはんを作るのにも、物凄く時間がかかるようで、熊や猪、兎や鶏を狩りに出る男性達が集まっている。


「朝美、こっちに来なさい!」


 土器作りをしていたのは母だった。私は手招きしている母に近寄った。気慣れない切り放しの服に何だかこそばかゆい。現代の服が懐かしい。


「これでご飯食べるわよ」


 とげとげでどこからどう食べるのか謎のデザイン土器に土器だけにドキドキしてしまう。


「お母さん、これどこから食べるのよ」

「何、言ってるの。いつも食べてるでしょう」


 この世界に来た今、この瞬間。もう食べ方がわからない。適当に食べてみたが、案の定、周囲に笑われた。時代によって、食事の食べ方って違うんだと理解した。


 現代の食べ物はありふれていて、食べ方も簡単で苦労を知らない。電子レンジであたためて、さっといそがしさを考えて食事を大事にしない。一体何に目を向けているのか。


 ――しゅっと、太陽の光に導かれ、現代の自分に戻ってきた。目の前には母が作ってくれた朝食がある。箸と皿とトレイ。自分の前にある。何だか丁寧にあてがわれた食事に涙した。


「お母さん、ありがとう!!」

「は? 何を急に。大丈夫?」

「うん。すごくおいしいよね。この鮭」

「……うん。それは良かったわね」


 私はお皿を綺麗にするくらい全部食べ終えた。



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